秋葉神社(入谷)

秋葉神社

正式名称 秋葉神社(あきばじんじゃ)
御祭神 火産霊神 埴山姫神 水波能売神
社格等 旧郷社
鎮座地 東京都台東区松が谷3-10-7 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
明治3年(1870)東京一円の火災鎮護の神社として、神田に設けられた火除地(現在の秋葉原駅付近)に創建された。当時の社号は鎮火神社であったが、江戸っ子にとって防火の神は秋葉権現であることから秋葉神社と通称され、当社周辺の火除け地も秋葉原〔あきばはら・あきばっぱら〕と呼ばれるようになった。明治21年(1888)鉄道駅設置のため現社地に遷座。新駅は「秋葉原〔あきはばら〕駅」と名付けられた。

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秋葉神社の御朱印

  • 秋葉神社の御朱印

    (1)

  • 秋葉神社の御朱印

    (2)

(1)平成17年拝受の御朱印。朱印は「秋葉神社之印」。

(2)平成28年拝受の御朱印。中央の朱印は「秋葉神社」、右下に丸に剣花菱の神紋。

秋葉神社について

名称 秋葉神社
旧称 鎮火神社
御祭神 火産霊神〔ほむすびのかみ〕
埴山姫神〔はにやまひめのかみ〕
水波能売神〔みずはのめのかみ〕
鎮座地 東京都台東区松が谷三丁目10番7号
創建年代 明治3年(1870)
社格等 旧郷社
例祭 5月18日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
1月9日/新年祭
2月節分/節分祭
2月17日/祈年祭
6月30日/大祓
11月6日/鎮火祭
11月23日/新嘗祭
12月31日/大祓

御由緒

元は江戸城紅葉山に鎮火の守護神として祀られていたという。明治の初め、東京府内に火災が頻発した。これに心を痛められた英照皇太后の意を受け、東京一円の火災鎮護として祀られることになった神社である。

明治2年(1869)12月に神田で起きた大火の後、神田相生町など10ヶ町を取り払って火除け地とした。翌3年(1870)この火除地に東京府庁が神社を創建、紅葉山より鎮火三神を奉遷し、「鎮火〔ひしずめ/ちんか〕神社」と名付けた。神璽は神祇官において調進されたという。

明治6年(1873)1月17日、神田明神の兼務社に定められ、同年8月5日、郷社に列格。

しかし江戸っ子にとって火防せの神といえば秋葉権現であったため、一般には「秋葉神社」と呼ばれ、東京一円の火災鎮護の祈願所として崇敬された。また、この火除地も「秋葉原〔あきばはら・あきばっぱら〕」と通称されるようになった。

明治21年(1888)、鉄道駅設置のために現社地に遷座。因みに、新駅は「秋葉原〔あきはばら〕」と名づけられた。今や世界的に名高い秋葉原の名の由来である。

かつては東宮御所の女官が毎月参拝し、神社からは毎年4回お守り札を納めたという。

昭和5年(1930)秋葉神社と改称した。

補足

上記は神社の由緒書に基づくが、『明治神社誌料』や『下谷区史』などは東京府庁による創建とし、紅葉山に鎮座していたということは記さない。
なお、火産霊神・埴山姫神・水波能売神を鎮火三神とするのは延喜式の『鎮火祭祝詞』に基づくと思われる。

明治神社誌料

東京府武蔵国下谷区入谷町
郷社 鎮火神社

祭神 火産霊神 埴山毘売神 水波能売神

創立は明治二年十二月東京の大火後、鎮火守護神として東京府庁の創立にかゝれり。御神璽は神祇官より進められたるものなり、同年六月郷社に列せらる、もと神田花岡町に鎮座せしを、明治二十一年此処に移転せしものなり、社殿は本殿及び社務所を有し、境内地八百五十余坪(官有地)あり、皇后陛下御代拝の遺習として、今も毎月東宮御所女官の参拝ありて、神社よりは毎年四期に御守札を納むることゝなれりといふ。

下谷区史

秋葉神社

入谷町三百八十七番地に鎮り座す。(但大正十二年九月一日の震火災にて社殿焼失し今は仮殿である)祭神は火産霊神、埴山毘売神、弥都波能売神。
明治二年十二月十二日午後十一時頃、神田相生町一丁目の指物師金次郎方より出火し、同二丁目、松永町、亀住町、花田町、田代町、山本町の七箇町に亘る広範囲を殆ど焦土と化した大火災の後、相生町外十箇町を火除のために取払を命じて、空地となした。これ所謂秋葉ヶ原である。翌三年この原のうち花岡町地内に東京府下防火鎮護のために府庁に於て創建し、鎮火神社と名けたのが本社である。神位は神祇官に於て調進し、府に下渡し勧請せしめられた。六年一月十七日神田明神兼務社と定められ、同年八月五日郷社に列せられた。
二十一年七月、境内地が日本鉄道会社の貨物停車場敷地として払下げられるに及び、換地として区内入谷町三百八十七番地を給せられて移転したのである。
大正十二年九月一日の大震災には社殿並に建造物一切を焼失したが、神霊は幸に之を同町九十八番地鎮座小野照崎神社に遷安し奉つた。而して昭和五年六月二十日秋葉神社と改称した。
当社は特に氏子といふものはなく、東京府下一般を崇敬者と見做してゐる。

写真帖

  • 東参道の鳥居

    東参道の鳥居

  • 西参道の鳥居

    西参道の鳥居

  • 手水舎

    手水舎

  • 御遷座百周年記念碑

    御遷座百周年記念碑

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

周囲を小さなビルやマンションに囲まれ、境内南端の東西に参道がある。兼務社のため普段は神職不在。御朱印は祭事等のときにいただける。御朱印は鎮火祭の前日にいただいた。
※追記:普段でも神職のいる日があるとのこと(H22.05.11)。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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