愛宕神社(大島)

愛宕神社

正式名称 愛宕神社(あたごじんじゃ)
御祭神 軻遇突智神
社格等 旧村社
鎮座地 東京都江東区大島2-15-4 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
旧中之郷出村の鎮守。元は中之郷村(現・墨田区)の成就寺境内に祀られていたが、村民が当地に移住するのに伴って遷座し、鎮守として祀られた。享和3年(1803)から文化元年(1804)まで小林一茶が仮住まいをしたとされ、境内に一茶の句碑が建てられている。

愛宕神社の御朱印

  • 愛宕神社(大島)の御朱印

平成18年に拝受した御朱印。朱印は中央・左下ともに「愛宕神社」。

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愛宕神社について

名称 愛宕神社
御祭神 軻遇突智神〔かぐつちのかみ〕
鎮座地 東京都江東区大島二丁目15番4号
創建年代 寛永年間(1624~44)以前
社格等 旧村社
例祭 8月15日
神事・行事 2月3日/節分祭
旧暦2月中午の日/初午祭

御由緒

旧中之郷出村の鎮守。中之郷出村は現在の墨田区内にあった中之郷村(中之郷町在方分)の飛び地であった。

創建年代は不詳。もとは中之郷村の成就寺(現在は江戸川区平井に移転)境内に祀られていたが、寛永年間(1624~44)村民の移住に伴って当地へ遷座してきた。あるいは元禄年間(1688~1704)村の者と成就寺住職が示談して曳き移したともいう。

大正12年(1923)大島2丁目6番の旧社地より氏子区域の中心にある現社地へ移転。昭和15年(1940)村社に昇格した。

俳人・小林一茶が享和3年(1803)から翌文化元年(1804)年まで仮住まいをしていたとされ(一説には大島稲荷神社に合祀された大島五丁目の愛宕神社ともいう)、境内には「雀の子、そこのけそこのけ御馬が通る」の句碑がある。

城東区史稿

愛宕神社

愛宕神社は、旧大島村字中之郷出村三番地、現大島町二丁目六百八番地にあり、格式村社にして、同町内の鎮守神である。
御祭神 軻遇突智神を奉祀す。
境内に末社稲荷神社あり、御祭神宇迦能魂神を奉祀す。
当社の創立は、文献に徴すべきもの無く、詳知することを得ずと雖も、慶安年間中の創立にかゝる神社であると申し伝へられてゐる。
元は、本所中之郷村成就院境内に鎮座せられしを、寛永年間同村民の移住と共に、同院の住僧と村民との示談の上当村即ち現今の大島二丁目六十六番地に転社し、旧中之郷出村の氏神として、村内安全の為、厚く尊信せられたものを、更に大正十二年六月、氏子区域の中央に位する現境内地に奉遷せられたものである。
而して其の後当町の進展に伴ひ、御神威は愈々昂揚し境内地も拡大せられたので、茲に於いて崇敬者の総意に依り昭和十四年十二月十四日、当社の村社昇格を出願せられたれば、翌年昭和十五年五月三十日付を以て、めでたく村社に列するの御指令下つたのである。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 一茶句碑

    小林一茶の句碑

  • 手水舎

    手水舎

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

新大橋通りから少し北に入ったところに鎮座する。周囲は下町らしい風情の住宅街である。すぐ近くをJR越中島貨物線が走る。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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