安立山 長遠寺(土富店祖師)

長遠寺

名称 安立山 長遠寺
通称 土富店長遠寺
祖師像 土富店祖師 自開眼開運日蓮大菩薩
所在地 東京都台東区元浅草2-2-3 [Mapion|googlemap]

【略縁起】
文禄3年(1597)長遠院日樹上人により開創された。当初は京都・要法寺末で妙栄寺と称したが、元和7年(1621)池上本門寺末に転じた際、長遠寺と改めた。要法寺に伝来した自開眼開運日蓮大菩薩の尊像を奉安し、土富店〔どぶだな〕のお祖師様として信仰を集める。かつては堀之内のお祖師様(妙法寺)、池上のお祖師様(本門寺)とともに江戸の三大祖師に数えられたという。

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長遠寺の納経(御朱印)

  • 長遠寺の御首題

御題目の両脇に「如説修行」「功徳甚多」。中央上の印は参拝記念の印で、孝子熊五郎と柳の井戸、天拝妙護符頒与の立て札の図に「浅草土富店祖師堂 長遠寺」、中央下は読めない。左下は「土富店長遠寺」。

長遠寺について

山号 安立山(あんりゅうざん)
寺号 長遠寺(ぢょうおんじ)
院号
通称 土富店〔どぶだな〕長遠寺
御本尊 三宝尊
祖師像 土富店祖師 自開眼開運日蓮大菩薩
所在地 東京都台東区元浅草二丁目2番3号
創建年代 文禄3年(1594)
開山 長遠院日樹上人
宗派等 日蓮宗

覚え書き

長遠寺でいただいた『安立山長遠寺略縁起』によれば、文禄3年(1597)長遠院日樹上人の開創で、長遠寺の号はこれに因むという。元は妙栄寺と称し、元和7年(1621)京都の要法寺末から池上本門寺末に転じた際、長遠寺に改称したとする資料もある。

当寺は要法寺に伝来した「自開眼開運日蓮大菩薩」の尊像を奉安し、土富店〔どぶだな〕のお祖師様として名高い。池上のお祖師様(池上本門寺)、堀ノ内のお祖師様(妙法寺、厄除祖師)とともに江戸の三大祖師にも数えられていたそうである。因みに「どぶだな(溝店)」とは浅草新寺町、現在の元浅草二丁目辺りの俗称であった。

この「自開眼開運日蓮大菩薩」は、弘長元年(1261)伊豆に配流されていた日蓮聖人を尋ねてきた普門禅師(南禅寺開山の大明国師)に、日蓮聖人が自ら刻んで与えたものと伝えられる。禅師が遷化した後、要法寺に伝わったという。

日樹上人はこの像を奉じて江戸に下り、養珠院(徳川家康の側室・お萬の方)などの外護を受けて祖師堂を建立し、6月6日に開運会を修し、天拝妙符を授与した。これは日蓮聖人が自刻像を普門禅師に与えた際、天拝加持の妙護符により禅師の病を癒した由来による。この天拝妙符は6月6日の開運会においてのみ授与される。

以来、土富店のお祖師様として広く信仰を集め、寺観も整い、江戸屈指の巨刹して繁栄したが、文化年間、火災のために焼失した。その後、ようやく再建された伽藍も関東大震災、さらに先の大戦の空襲により三度灰燼に帰した。しかし、自開眼日蓮大菩薩の尊像は大火の中でも一指も損ずることなく現在に伝わるという。

写真帖

  • 山門

    山門

  • 浄行菩薩と子育て観音

    浄行菩薩と子育て観音

  • 踊塚

    踊塚

  • 本堂(祖師堂)

    本堂(祖師堂)

  • 本堂の扁額

    本堂の扁額「開運殿」


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