東八幡神社

東八幡神社

正式名称 東八幡神社〔ひがしはちまんじんじゃ〕
御祭神 応神天皇 〈合祀〉神功皇后 伊弉諾尊
社格等 旧村社
鎮座地 東京都大田区矢口3-17-3 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://tokumochi-jinja.tokyo-jinjacho.or.jp/keidai00.html

【由緒概要】
社伝によれば建長2年(1250)の創建とされる。江戸時代は湯坂八幡、東八幡宮と呼ばれた。明治44年(1911)村内の領家八幡(西八幡)を合祀、正式名称を東八幡神社とした。昭和20年(1945)戦災で社殿が焼失、同47年(1972)現在の社殿が再建された。

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東八幡神社の御朱印

  • 東八幡神社の御朱印

平成26年拝受の御朱印。中央の朱印は神璽、左下に三つ巴の神紋。鎮座地の「古市」は旧・古市町のことで、元の荏原郡古市場村(矢口町大字古市場)。昭和42年の住居表示実施により下丸子二丁目・多摩川二丁目・矢口三丁目の各一部となり、古市場・古市の名は消滅してしまった。

東八幡神社について

名称 東八幡神社
旧称 湯坂八幡 東八幡宮
御祭神 応神天皇〔おうじんてんのう〕
〈合祀〉
神功皇后〔じんぐうこうごう〕
伊弉諾尊〔いざなぎのみこと〕
鎮座地 東京都大田区矢口三丁目17番3号
創建年代 建長2年(1250)
社格等 旧村社
例祭 8月上旬の週末
神事・行事 1月1日/元旦祭
2月3日/節分祭
2月27日/祈年祭
6月27日/大祓式
11月27日/新嘗祭
12月27日/大祓式
巡拝 多摩川七福神(弁財天)

御由緒

社伝によれば、建長2年(1250)の創建という。江戸時代には湯坂八幡、あるいは東八幡宮と呼ばれた。

明治7年(1874)村社に列格。同44年(1911)西八幡を合祀し、東八幡神社と称した。

昭和20年(1945)の戦災で嘉永4年(1848)造営という旧社殿が焼失、現在の社殿は昭和47年(1972)の再建である。

補足

上記が公式的な御由緒だが、『新編武蔵風土記稿』などを見ていて気づいた点があるので補足してみたい。上記の御由緒を見ると、東八幡に西八幡を合祀した、言い換えれば東八幡が西八幡を吸収合併したという印象を受けるが、実際はそれほど単純ではなさそうなのである。
まず、鎮座地の問題である。
『新編武蔵風土記稿』の荏原郡古市場村の項を見ると、村内に八幡社が2社ある。一つは小名・本村耕地に鎮座する八幡社で、湯坂八幡あるいは東八幡宮と呼ばれていた。上記由緒にある通りである。もう一つは小名・両ケに鎮座する八幡社で、内室八幡と称するが、地元では地名から両ケ八幡とも呼ばれていたという。これが上記由緒の領家八幡・西八幡であろう。
さて、両社の鎮座地を見ると、湯坂八幡(東八幡)が鎮座する本村耕地は村の北にあったのに対し、内室八幡は多摩川の辺にあったという。現在、東八幡神社は多摩川の堤防のすぐそばにあるので、元は内室八幡の境内地であると考えるのが妥当だろう。
『新編武蔵風土記稿』によれば湯坂八幡は「わずかなる祠」、内室八幡は「四間四方」の社であったという。
現在では地名や由緒に由来する名称を関して正式名称とする八幡宮・八幡神社は珍しくないが、戦前は非常に珍しかった。大正時代の資料を見ると、東京府内の村社以上で石清水八幡宮(蔵前神社)、三田八幡神社(御田八幡神社)、駒留八幡神社と当社の4社しかない。合祀前は湯坂八幡も内室八幡も八幡神社が正式名称だったはずなので、合祀後も八幡神社でよかったはずだが、わざわざ湯坂八幡の別名である東八幡を正式名称にしているのである。
地名から考えて、湯坂八幡(東八幡)のあった本村耕地が村の中心だったと思われる。当然、氏子も湯坂八幡のほうが多かっただろう。ところが、社殿は両ケの内室八幡のほうが立派であったため、神社自体は内室八幡が残ることになった。それで正式名称が八幡神社となった場合、湯坂八幡が内室八幡に合祀・吸収されたような形になる。そこで、敢えて社名を東八幡神社として、湯坂八幡が内室八幡を合祀したという経緯を残そうとしたのではないだろうか。

新編武蔵風土記稿

八幡社

見捨地一段八畝。本村耕地の内にあり。土人、湯坂八幡とも東八幡宮とも呼。わづかなる祠なり。前に石の鳥居をたつ。祭礼は八月十五日なり。是も円応寺持。

八幡社

社地一段三畝。多磨川の辺にあり。内室八幡と称す。この地の小名を両ケといふゆへ土地にては両ケ八幡宮ともいふ。社は四間四方、前に石の鳥居をたつ。両柱の間九尺。勧請の年歴を伝へず。これも円応寺持。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 矢口の渡し跡碑

    矢口の渡し跡碑

  • 手水舎

    手水舎

  • 拝殿

    拝殿と狛犬

  • 社号額

    社号額

  • 弁財天

    多摩川七福神の弁財天

  • 本殿

    本殿

メモ

多摩川のほとり、堤防のすぐ傍に鎮座する。
境内に「矢口の渡し跡」の碑がある。矢口の渡しは多摩川の流路の変化に伴って移動したが、昭和24年(1949)に多摩川大橋が完成するまで残った区内最後の渡船場がこのあたりにあったという。かつて、古市場村は多摩川の対岸にも飛び地があり(現在は川崎市幸区)、農家が耕作のために使っていたらしい。
境内は明るい広場になっていて、遊具も置かれている。地図を見ると「古市児童遊園」となっていた。堤防の向こうは広々とした多摩川の河川敷で、地元の人の憩いの場という雰囲気である。
御朱印は本務社の徳持神社でいただいた。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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