赤坂氷川神社

赤坂氷川神社

正式名称 氷川神社(ひかわじんじゃ)
通称 赤坂氷川神社(あかさか ひかわじんじゃ)
御祭神 素盞嗚尊 奇稲田姫命 大己貴命
社格等 旧府社 元准勅祭社
鎮座地 東京都港区赤坂6-10-12 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.akasakahikawa.or.jp/

【由緒概要】
赤坂氷川神社は、天暦5年(951)現在の赤坂4丁目のあたりに創建されたと伝えられる。紀州藩中屋敷の産土神であったことから徳川吉宗が深く崇敬し、将軍就任後の享保15年(1730)赤坂今井台の現社地に社殿を造営・遷座させた。現在の社殿はこの時造営されたもので、東京都の有形文化財に指定されている。明治元年(1868)准勅祭社に列した。

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赤坂氷川神社の御朱印

  • 赤坂氷川神社の御朱印

    (1)

  • 赤坂氷川神社の御朱印

    (2)

(1)平成17年拝受の御朱印。上の朱印は「氷川神社」、下は「東京赤坂鎮座」。右に「赤坂 氷川神社」、左に「准勅祭東京十社之内」。

(2)平成27年拝受の御朱印。上の朱印は「氷川神社」、下は「東京赤坂鎮座」、平成17年のものと同じ書体だが新しくなっているよう。右下は「元准勅祭十社之内」。

赤坂氷川神社について

名称 氷川神社
通称 赤坂氷川神社
旧称 氷川社 赤坂氷川明神
御祭神 素盞嗚尊〔すさのおのみこと〕
奇稲田姫命〔くしいなだひめのみこと〕
大己貴命〔おおなむぢのみこと〕
鎮座地 東京都港区赤坂六丁目10番12号
創建年代 天暦5年(951)
社格 旧府社 元准勅祭社
例祭 9月15日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月3日/節分祭(豆まき)
2月午の日/初午祭
2月11日/紀元祭
2月17日/祈年祭
4月15日/四合稲荷祭
4月下旬/末廣稲荷祭
5月5日/子供の日の祭
5月中旬/御田植祭
5月下旬/西行稲荷祭
6月30日/大祓式(夏越の祓)
7月上旬/形代流し祭
10月上旬土曜/包丁塚祭
10月中旬/抜穂祭
11月3日/文化の日の祭
11月23日/新嘗祭
12月31日/大祓式(年越の祓)・除夜祭
文化財 〈都有形文化財〉社殿 紙本着色神馬額絵・獅子額絵 
巡拝 東京十社

御由緒

赤坂氷川神社は、天暦5年(951)蓮林僧正が霊夢を感得し、豊島郡人次ヶ原(一ツ木台地、俗称・古呂故ヶ岡、現在の赤坂4丁目)に祀ったことに始まると伝えられる。治暦2年(1066)関東地方に大干ばつが発生した際、霊験あらたかであったことから、「氷川明神」として地域の住民に篤く崇められたという。

江戸七氷川の筆頭に挙げられる古社である(七氷川には元麻布の麻布氷川神社、渋谷区東の渋谷氷川神社、文京区千石の簸川神社などが数えられている)。旧別当は修験道本山派・聖護院末の江戸触頭・大乗院(現・廃寺)であった。

紀州藩主から第8代将軍となった徳川吉宗は、当社が紀州藩中屋敷の産土神であったことから深く崇敬し、享保14年(1729)老中・水野忠之に命じて赤坂今井台の現社地に社殿を造営dさせ、翌15年(1730)4月26日に遷座した。同月28日には将軍直々に参拝があり、朱印領200石を拝領した。現在の社殿はこの時造営されたもので、都の有形文化財に指定されている。

明治元年(1868)准勅祭社に列せられる。同5年(1972)郷社に列格、同13年(1980)府社に昇格。

明治16年(1883)隣接していた村社・本氷川明神社を合祀。本氷川明神社は江戸七氷川の一社(今井の盛徳寺の内の氷川社)で、赤坂氷川神社が遷座してくる以前から鎮座していたことから本氷川と呼ばれていたという。

境内社の四合(しあわせ)稲荷神社は、古呂故稲荷(赤坂氷川神社の旧社地・古呂故天神社境内に祀られていた)、地頭稲荷神社(赤坂氷川神社遷座以前より当地に鎮座していた)、本氷川稲荷(上記、本氷川明神社境内に祀られていた)、玉川稲荷(赤坂門外の御堀端・現在の弁慶橋のあたりに鎮座していた)を明治31年(1898)合祀したものである。社殿扁額の「四合稲荷神社」は赤坂に住んでいた勝海舟の筆になる。その後、大正14年(1925)に鈴降稲荷と縁起稲荷を、昭和9年(1934)明徳稲荷を合祀している。また、傍には西行稲荷が祀られている。

当社の祭礼はもともと10月であったが、承応年間(1652~54)6月15日とされた。この日は氏子地域が隣接する日枝神社の山王祭と同日であったため、隔年で大祭を執り行ったという。神輿の渡御には氏子21町から出された山車や練り物が供奉し、「天下祭」と称された山王祭・神田祭に次ぐ江戸の大祭であったという。明治41年(1908)より9月15日に改められた。

明治以降、江戸の祭の主役であった山車は次第に姿を消しましたが、赤坂氷川神社の氏子地域では完全な形ではないものの、9台の山車が残っていた。そこでNPO法人赤坂氷川山車保存会を組織して山車の修復・保存を行い、かつての祭礼の盛観が蘇りつつある。

写真帖

  • 鳥居

    正面参道の鳥居

  • 大銀杏

    大銀杏

  • 九神社

    九神社

  • 包丁塚

    包丁塚

  • 四合稲荷神社

    四合稲荷神社

  • 西行稲荷神社

    西行稲荷神社

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 手水舎

    手水舎

  • 神門

    神門

  • 額堂

    額堂

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

都心にありながら緑の豊かな境内。周辺にも緑地が多く、大きな道路から離れていることもあって、東京の真ん中にあることを忘れさせるような空間である。近年は平成19年(2007)に、かつての祭礼で巡行していた山車を復活させるなど、意欲的な取り組みをしている。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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