上目黒氷川神社

上目黒氷川神社

正式名称 氷川神社〔ひかわじんじゃ〕
通称 上目黒氷川神社
御祭神 素盞嗚尊 〈合祀〉天照大御神 菅原道真
社格等 旧村社
鎮座地 東京都目黒区大橋2-16-21 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://kamimeguro-hikawajinja.jp/

【由緒概要】
上目黒村の鎮守。社伝によれば、甲州武田氏の遺臣・加藤氏が当地に移り住んだ際、産土神を勧請したことに始まるという。また一説には、当地は稲荷山と称してもともと稲荷の小社があったが、元和元年に新たに社殿を造営し、氷川神社を勧請して鎮守としたともいう。明治11年(1878)元富士の浅間神社を境内に遷座。同45年(1912)天祖神社と北野神社を合祀した。

上目黒氷川神社の御朱印

  • 上目黒氷川神社の御朱印

    (1)

  • 上目黒氷川神社の御朱印

    (2)

(1)平成17年拝受の御朱印。揮毫は「大橋氷川神社」。中央の朱印は「氷川神社」、下は「鎮守之印」。

(2)平成27年拝受の御朱印。揮毫・朱印ともに「上目黒氷川神社」。

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上目黒氷川神社について

名称 氷川神社
通称 上目黒氷川神社 大橋氷川神社
旧称 氷川社 氷川明神
御祭神 素盞嗚尊〔すさのおのみこと〕
〈合祀〉
天照大御神〔あまてらすおおみかみ〕
菅原道真〔すがわらのみちざね〕
鎮座地 東京都目黒区大橋二丁目16番21号
創建年代 天正年間(1573~92)
社格等 旧村社
例祭 8月25日に近い土・日曜日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
1月中旬/左義長
2月3日/節分祭
3月午の日/稲荷神社初午祭
6月30日/夏越大祓
7月1日/富士浅間神社例大祭
9月15日に近い土・日曜日/北野神社例大祭
12月30日/師走大祓

御由緒

上目黒村の鎮守。江戸時代も別当寺はなく、村民持ちであった。

社伝によれば、上目黒村石川組の名主・加藤家の先祖が当地に移住した際、故郷・甲州上野原の産土神を勧請したとされる。加藤家は甲州武田氏の家臣・加藤丹後守の末裔で、目黒の開発名主となり、名字の名乗りも許された旧家である。

『江戸名所図会』や『新編武蔵風土記稿』などもこの説を採っているのだが、『目黒町誌』(大正13年)はこれとともに別の説も紹介している。

それによれば、氷川神社の境内はもともと稲荷山と称し、稲荷社が鎮座していた。元和元年(1615)当村草分けの農民である富岡仁作の発起により、新たに社殿を建立して氷川の神を勧請し、鎮守として崇めた。この時、稲荷神社も合祀したのだが、明和5年(1768)に分祀し、末社としたという。

『目黒町誌』によれば、当時、富岡家にはこれについての古文書も残っていたとのことで、さらに考察する必要があろうとしている。

明治6年(1873)村社に列格。同11年(1878)目切坂上の元富士に鎮座していた浅間神社を境内に遷し、末社とした。同45年(1912)には天祖神社と北野神社を合祀している。

正面の石段は文化13年(1816)小松石で造られたが、明治38年(1905)玉川電鉄敷設に伴う大山街道(玉川通り)拡張のため、現在のような形に改修された。

補足

『新編武蔵風土記稿』は氷川社を小名・石川組の鎮守としている。上目黒村には石川組・五本木組・宿山組・上知組などがあり、それぞれに名主などの村役人がいるなど独立性が強かったようで、宿山組は烏森稲荷神社、五本木組は十日森稲荷神社を鎮守としていた。

新編武蔵風土記稿

氷川社

除地一段四畝、村の西北の方、駒場通にあり。小名石川組の鎮守なり。天正年中、村民定右衛門が先祖当所に移りし頃、彼が持の地へ始て移し祀れりと。本社八尺四方。前に拝殿あり、三間四方。正一位氷川大明神と扁す。社地すべて古松老檜生茂れり。前になだれの坂あり、この中腹に鳥居を建。両柱の間八尺。祭祀毎年九月二十九日。村民持。
末社稲荷社 本社の右にあり。

写真帖

  • 鳥居と石段

    鳥居と石段

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 稲荷神社

    末社 稲荷神社

  • 浅間神社

    末社 浅間神社

  • 拝殿

    拝殿

  • 社号額

    社号額

  • 本殿

    本殿

メモ

国道246号線(玉川通り)に面する小高い丘の上に鎮座する。目の前を首都高速道路が走っているのだが、さすがに境内まで登ると落ち着いた雰囲気になる。境内の東側には自然の崖を利用した末社・富士浅間神社の登山道があり、かつては頂上から富士山を望むことができたという。
以前は上目黒氷川神社と大橋氷川神社の通称が併用され、むしろ大橋を使うことが多かったが、近年、上目黒氷川神社に統一したようだ。御朱印の揮毫も大橋から上目黒となり、印自体も「氷川神社」から「上目黒氷川神社」となっている。近年の伝統尊重の流れに沿うものであろう。


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