磐井神社

磐井神社

正式名称 磐井神社〔いわいじんじゃ〕
御祭神 応神天皇 大己貴命 仲哀天皇 神功皇后 姫大神
社格等 旧郷社
鎮座地 東京都大田区大森北2-20-8 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
社伝によれば敏達天皇2年(573)の創建とされる。貞観元年(859)六十六州に総社八幡宮が定められた際、武蔵国は当社が選定されたという。延喜の制では小社に列する。永正年間(1504~21)兵火により焼失、さらに天文年間(1532~55)再び火災にかかり、寛文3年(1663)に再興された。

磐井神社の御朱印

  • 磐井神社の御朱印

    (1)

  • 磐井神社の御朱印

    (2)

  • 弁財天の御朱印

    (3)

(1)平成18年拝受の御朱印。朱印は「磐井神社」。

(2)平成28年拝受の御朱印。朱印は「磐井神社」で平成18年のものと同じ。

(3)東海七福神の弁財天の御朱印、平成23年拝受。

昔の御朱印

  • 昭和11年の御朱印

    (1)

  • 昭和8年・弁財天の御朱印

    (2)

(1)昭和11年の御朱印。中央の朱印は「神霊」。右上の印は中心に「延喜式内社」、周囲に「郷社・磐井神社・大森・入新井」。左下は「磐井神社々務所之印」。

(2)昭和8年、東海七福神の弁財天の御朱印。朱印は神社としての通常の印と思われる。中央の朱印は「鎮守」。右上の印は琵琶に「磐井社」、左下は井桁に「磐井社」。

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磐井神社について

名称 磐井神社
旧称 鈴森八幡宮
御祭神 応神天皇〔おうじんてんのう〕
大己貴命〔おおなむちのみこと〕
仲哀天皇〔ちゅうあいてんのう〕
神功皇后〔じんぐうこうごう〕
姫大神〔ひめおおかみ〕
鎮座地 東京都大田区大森北二丁目20番8号
創建年代 敏達天皇2年(573)
社格等 式内社 旧郷社
延喜式 荏原郡 磐井神社
例祭 8月第1金・土・日曜日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月3日/節分祭
2月上午の日/初午祭
6月29日/大祓
11月23日/新嘗祭
12月24日/大祓
巡拝 東海七福神(弁財天)

御由緒

延喜式神名帳に記載された古社で、『三代実録』の貞観元年(859)10月7日条には「武蔵国従五位下磐井神社を官社に列す」とある。江戸時代以前は鈴森八幡宮と称しており、別当は八幡山密厳院(真言宗智山派、大田区大森北)であった。

社伝によれば、敏達天皇2年(573)の創建。貞観元年(859)宇佐より山城国男山に八幡大神を勧請した際、六十六州ごとに総社八幡宮を定め、武蔵国では当社が選ばれたという。

磐井の名は、神社の傍にある磐井の井戸に由来するとされる。祈願のときに、心の正しいものがこの井戸の水を飲めば清水となり、邪なものが飲むと潮水になると伝えられる。

また、神宝の鈴石は打つと鈴の音がするといわれ、鈴ヶ森の地名の由来となった。この石は神功皇后が三韓征伐の際、長門国豊浦で得たものとされる。聖武天皇の御代、石川年足朝臣が宇佐八幡宮に奉幣した折、神告によって授けられ、その嫡孫・中納言豊人が当社に納めたという。

永正年間(1504~21)兵火により焼失。天文年間(1532~55)再び火災にかかり、社頭は衰微、旧記なども失われてしまった。長く社殿の再興もままならなかったという。

さらに、元亀・天正(1570~92)の頃までは社地も広大で、東海道(現在の第一京浜)の東約270mほどの海岸から3基の鳥居が建っていたが、しだいに海岸線が浸食され、鳥居は海中で朽ち、わずかに社のみが残るだけだったという。

東海道も文禄・慶長年間(1593~1615)に崩落。西に移された新しい街道も崩落したため、寛文3年(1663)海岸に防波堤を築いて東海道が現在の位置で確定した。この時、別当・密厳院と神職・森田氏によって社殿が再興された。後に社地を拡大し、防波堤上には門前町が形成された。

神社の由緒書きによれば、天正18年(1590)徳川家康が参拝、元禄2年(1689)三代将軍家光が参詣し、寺社奉行・本多紀伊守をして祈願所に申しつけたという(ただし家光は慶安4年に没しており、元禄2年は綱吉の時代である)。享保10年(1725)八代将軍吉宗によって拝殿・末社が造営されたという。

明治元年(1868)明治天皇東行の際、神祇官判事・平田延胤に代参させた。神仏分離に伴って磐井神社の旧名に復し、村社に列格。昭和9年(1934)郷社に昇格した。

なお、境内の笠島弁天は、『万葉集』の「草陰の荒藺の崎の笠島を見つつか君が山路越ゆらむ」の笠島であるともいう。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 磐井の井戸

    磐井の井戸

  • 笠島弁天

    笠島弁天

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 烏石碑・竹岡先生書学碑

    烏石碑・竹岡先生書学碑

  • 退筆塚・狸筆塚

    退筆塚・狸筆塚

  • 拝殿

    拝殿

  • 社号額

    社号額

  • 本殿

    本殿

メモ

境内は第一京浜道路と京浜急行にはさまれ、あまり奥行きがない。社殿の背後を京浜急行の電車が走る。社号の由来とされる磐井の井戸が境内外、第一京浜の歩道にあるところを見ても、道路と線路に境内を削られたものと思われる。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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