皆中稲荷神社

皆中稲荷神社

正式名称 皆中稲荷神社(かいちゅう いなりじんじゃ)
御祭神 倉稲魂之大神 伊邪那岐之大神 伊邪那美之大神 諏訪大神 日本武尊
社格等 旧無格社
鎮座地 東京都新宿区百人町1-11-16 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://kaichuinari-jinja.or.jp/

【由緒概要】
皆中稲荷神社は、天文2年(1533)の創建と伝えられる。百人町に住む鉄砲与力が射撃上達を祈願したところ、夢に稲荷大神が現れて霊符を示した。翌朝、与力が当社に参拝し、大矢場で射撃を試みたところ、百発百中であった。これを見た旗本たちも霊符を受けて射撃をすると、それらも百発百中であったことから「皆中(みなあたる)の稲荷」と称されるようになったと伝えられる。近年では賭け事・宝くじなどにも御利益があるとして広く信仰を集めている。

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皆中稲荷神社の御朱印

  • 皆中稲荷神社の御朱印

    (1)

  • 皆中稲荷神社の御朱印

    (2)

  • 皆中稲荷神社の御朱印

    (3)

(1)平成17年拝受の御朱印。中央の朱印は「皆中稲荷神社」、上は抱稲の神紋、左下は「皆中稲荷神社之印」。

(2)平成22年拝受の書き置きの御朱印。朱印は平成17年のものと同じで、右下に的と「皆中」「鉄砲組 百人同心 萬事的中 福運之守」というスタンプがある。

(3)平成27年、皆中稲荷の御朱印帳にいただいた御朱印。平成22年の御朱印と同じ構成。

皆中稲荷神社について

名称 皆中稲荷神社
御祭神 倉稲魂之大神〔うかのみたまのおおかみ〕
伊邪那岐之大神〔いざなぎのおおかみ〕
伊邪那美之大神〔いざなみのおおかみ〕
諏訪大神〔すわおおかみ〕
日本武尊〔やまとたけるのみこと〕
〈相殿〉
天津神
国津神
鎮座地 東京都新宿区百人町一丁目11番16号
創建年代 天文2年(1533)
社格等 旧無格社
例祭 9月26日・27日
※奇数年例大祭前後の土曜日か日曜日/鉄炮組百人隊行列
神事・行事 1月1日/元旦祭
2月節分/豆まき
2月初午の日/初午祭
4月下旬から30日/つつじ市
6月30日/大祓祭
11月酉の日/酉の市
12月31日/大祓式

御由緒

皆中稲荷神社は、天文2年(1533)9月、武蔵国躑躅ヶ丘(現社地)に稲荷大神が出現し、これを奉斎したことに始まるという。

寛永年間(1624~44)徳川幕府はこの辺りに鉄砲組百人隊を置き、百人町と呼ばれるようになった。

その頃、ある鉄砲組与力が射撃の腕を磨くために精魂を傾けていたが、なかなか上達せずに苦闘の日々が続いていた。当社に射撃上達を祈願したところ、夜、稲荷大神が夢枕に立って霊符を示した。翌朝、不思議に思いながら稲荷神社に参拝し、大矢場で射撃を試みたところ、百発百中であった。これを見た旗本たちが霊符を受けて射撃をすると、それらも悉く的中したという。

このことが近郷に広まり、多くの霊験があったことから「皆中(みなあたる)の稲荷」と称され、広く信仰を集めるようになった。

近年では射撃などだけではなく、賭け事・宝くじなどに御利益があるとしてテレビや雑誌でも紹介され、全国的にも知られている。

現在の社地は明治9年(1876)百人町の住人が購入・遷座したものである。同32年(1899)当地の氏神である戸塚村大字諏訪(現・新宿区高田馬場)の諏訪神社より御分霊を勧請・合祀した。

写真帖

  • 参道

    大久保通り側の参道

  • 鳥居

    正面の鳥居

  • 境内社

    境内社

  • 手水盤

    手水盤

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 拝殿

    拝殿

  • 拝殿正面

    拝殿正面

  • 本殿

    本殿

メモ

初めて当社に参拝したのは平成9年だった。テレビで当社の存在を知り、当時勤め先が新宿にあったので昼休みに参拝した。意外に小さいお社なのに驚いたことを記憶している。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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