小網神社

小網神社

正式名称 小網神社〔こあみじんじゃ〕
御祭神 倉稲魂神 市杵島比売神
社格等 旧村社
鎮座地 東京都中央区日本橋小網町16-23 [Mapion | googlemap]
公式サイト http://www.koamijinja.or.jp/

【由緒概要】
小網神社の創建は文正元年(1466)のこととされる。このあたりに悪疫が流行したとき、萬福庵の庵主が恵心僧都の夢告を受けて稲荷大明神を祀ったところ、たちまち退散した。これを聞いた太田道灌が土地を寄進して小網山稲荷院萬福寺と名付けたという。正保元年(1645)浅草新寺町に移されるが、明治の神仏分離で小網稲荷神社と改称、明治9年(1876)小網町の旧地に還座した。

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小網神社の御朱印

  • 小網神社の御朱印

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  • 萬福舟乗弁財天の御朱印

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  • 福禄寿の御朱印

    (6)

(1)平成17年拝受の御朱印。上の印は「小網神社」、下は「小網神社参拝記念章」。

(2)平成23年拝受の御朱印。上の印は「小網神社」だが、平成17年のものとはサイズが違う。下の「小網神社参拝記念章」は同じもの。右上に「東京日本橋」。

(3)平成24年の御朱印。中央の「小網神社参拝記念章」の印は従来と同じもの。右上に「東京日本橋」、右下に白抜きで「小網神社」。

(4)平成27年拝受の御朱印。上の印は「小網神社参拝記念章」だが、周囲に雲の新しい印。右上に「日本ばし 強運厄除」、下は拝殿虹梁の強運厄除の龍。

(5)萬福舟乗弁財天の御朱印。平成27年拝受。日本橋七福神ではない。中央に弁財天の尊容と「萬福舟乗弁財天」「小網神社」、右上に「東京日本橋」、右下に「萬福弁財天」。

(6)日本橋七福神・福禄寿の御朱印。平成18年拝受。

小網神社について

名称 小網神社
通称・旧称 稲荷神社 小網稲荷神社 小網稲荷大明神
御祭神 倉稲魂神〔うかのみたまのかみ〕(お稲荷大明神)
〈相殿〉
市杵島比賣神〔いちきしまひめのかみ〕(弁財天)
鎮座地 東京都中央区日本橋小網町16-23
創建年代 文正元年(1466)
社格等 旧村社
例祭 5月28日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
1月1日~7日/東京下町八福神参り・日本橋七福神詣
2月3日/節分祭
3月午の日/初午祭
6月30日/夏越の大祓(茅の輪くぐり)
10月28日/万福舟乗弁財天大祭
11月28日/どぶろく祭(新嘗祭) 
12月31日/大祓式・除夜祭
巡拝 日本橋七福神 東京下町八社福参り

御由緒

小網神社は恵心僧都の開基と伝えられる万福寺を起源とする。万福寺はもと万福庵と称し、豊島郡入江にあって観世音菩薩と弁財天を祀っていたという。

文正元年(1466)当地に悪疫が流行した。その頃、網師の翁が海上で得たという稲穂を持って庵を訪れ、数日間滞在した。ある夜、庵主はこの翁を稲荷大神として勧請すべしという恵心僧都の夢告を受け、翌朝翁を訪ねると、その姿を見ることができなかった。そこで翁を小網稲荷大明神として祀ったところ、悪疫は退散した。

その後、領主の太田道潅が神徳の著しいことを聞いて万福庵を訪れて当社を参拝し、土地を寄進して小網山稲荷院万福寺と名付けたとされる。慶長年間(1596~1615)以降、付近の町名も当社に因んで小網町と称するようになった。

慶長16年(1611)田所町に移り、正保元年(1645)浅草新寺町に新地を拝領し、社殿を造営、寺院を再建して長寿院と号した。明治の神仏分離により独立、小網稲荷神社と改め、明治2年(1869)当地に戻った。同6年(1873)村社に列格。同7年(1874)蛎殻町に借地鎮座、同9年(1876)小網町の旧地に遷座した。

明治初年の神仏分離で万福寺は廃絶。弁財天は当社に移され、「東京銭洗い弁財天」「万福舟乗弁財天」として信仰を集めている。

明治6年(1873)稲荷神社として村社に列格。大正12年(1923)関東大震災のために社殿が倒壊、昭和4年(1929)再建された。この社殿は奇跡的に第二次大戦の東京大空襲の戦災を免れた。

先の大戦において境内の建物が無事であったこと、当社で出征報告祭に参列し、御守りを拝受した氏子出征兵士が全員生還したこと、さらに関東大震災の際、当時の宮司が稲荷大神や弁財天の御神体を抱えて新大橋に避難したところ、避難民に大きな混乱もなく、また新大橋も落ちずに多くの人が助かったことなどから、強運厄除の神徳で信仰を集めるようになったという。

戦後、小網神社と改称した。

写真帖

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 手水盤

    手水盤

  • 銭洗いの井

    銭洗いの井

  • 拝殿

    拝殿

  • 強運厄除の龍

    拝殿虹梁 強運厄除の龍

  • 強運厄除の龍

    拝殿虹梁 強運厄除の龍

メモ

街中の小さな神社だが、社殿・神楽殿はなかなか立派なものである。拝殿向拝には龍や鳳凰の見事な彫刻がある。特に海老虹梁の上り龍・下り龍は見事なもので、「強運厄除の龍」と称されているそうである。戦前から残る総檜造りの神社建築は日本橋地区で唯一のものとのこと。
近年、御朱印にも強運厄除の龍の姿が入るようになった。


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