穏田神社

穏田神社

正式名称 穏田神社〔おんでんじんじゃ〕
御祭神 淤母陀琉神 阿夜訶志古泥神 〈合祀〉櫛御食野神
社格等 旧村社
鎮座地 東京都渋谷区神宮前5-26-6 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
創建年代は不詳。元は第六天社と称し、穏田村の鎮守であった。明治の神仏分離の後、社号を地名に因んで穏田神社と改め、明治18年には村内の熊野神社を合祀した。美容、技芸上達、縁結びの神として信仰を集めているという。

穏田神社の御朱印

  • 穏田神社の御朱印

    (1)

(1)平成17年拝受の御朱印。朱印・揮毫ともに「穏田神社」。

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穏田神社について

名称 穏田神社
旧称 第六天社
御祭神 淤母陀琉神〔おもだるのかみ〕
阿夜訶志古泥神〔あやかしこねのかみ〕
〈相殿〉
櫛御食野神〔くしみけぬのかみ〕
鎮座地 東京都渋谷区神宮前五丁目26番6号
創建年代 不詳
社格等 旧村社
例祭 9月9日に近い土・日曜日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
1月19日/新年中祭(熊野祭)
2月節分/節分祭
2月17日/祈年祭
旧2月午の日/初午祭
5月5日/端午祭
6月30日/大祓
11月23日/新嘗祭
12月29日/大祓
12月31日/除夜祭
※『平成「祭」データ』による

御由緒

穏田村の鎮守で、創建年代は不詳。もとは第六天社と称した。天正19年(1591)、徳川家康が本能寺の変に際して功のあった伊賀衆に対し、穏田を給地として賜ったことから、祭儀が盛んに行われるようになったという。

ただし『豊多摩郡誌』は享保13年(1728)松沢兵右衛門の創建としている。また、旧別当は日蓮宗の蓮光山妙円寺(神宮前3)であったというが、『新編武蔵風土記稿』では「村人持」となっている。

明治の神仏分離の後、社号を穏田神社に改め、祭神を天神第六代の淤母陀琉神・阿夜訶志古泥神とする。

明治18年(1985)に村内の熊野神社を合祀する。この熊野神社は寛文元年(1661)妙円寺の開山・円成院日光による勧請で、その後、広島藩主・浅野光晟の正室・自昌院により再建された。自昌院は加賀藩主・前田利常の娘で徳川家光の養女となっている。

明治44年(1911)社殿・神楽殿・社務所等を新築または改築した。さらに御大典の記念事業として境内施設を整備し、昭和3年(1928)村社に昇格した。

しかし昭和20年(1945)空襲のため社殿を焼失。戦後旧小松宮家邸内社の社殿・石灯籠・鳥居などの払い下げを受け、昭和31年(1956)には拝殿・幣殿が再建された。現在の社殿は平成10年(1998)に新築されたものである。

写真帖

  • 参道

    参道

  • 稲荷神社

    末社 稲荷神社

  • 狛犬

    狛犬

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

東京メトロの明治神宮前駅から徒歩5分余り、原宿や明治通りからもほど近い街中に鎮座するが、そんなことを感じさせない静かな境内である。御神徳は美容、技芸上達、縁結びということで、いかにも裏原宿の鎮守様にふさわしい。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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