野毛六所神社

六所神社

正式名称 六所神社〔ろくしょじんじゃ〕
御祭神 伊邪那岐命 伊邪那美命 天照皇大神 誉田和気神命 大山都見神命 菅原道真命
社格等 旧村社
鎮座地 東京都世田谷区野毛2-14-2 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
野毛六所神社は上野毛・下野毛両村の鎮守。その昔、多摩川の洪水で府中のほうから祠が流れ着き、榎の枝に引っかかった。村人たちはこれを六所明神(大国魂神社)と崇め、鎮守として祀った。明治31年(1898)村内の天祖神社・山際神社・日枝神社・八幡神社・北野神社を合祀、現在地に遷座した。

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野毛六所神社の御朱印

  • 六所神社の御朱印

    (1)

  • 六所神社の御朱印

    (2)

(1)平成23年拝受の御朱印。朱印は「六所神社之印」。

(2)平成28年拝受の御朱印。中央上の朱印は神璽、下は「六所神社之印」。

野毛六所神社について

名称 六所神社
通称 野毛六所神社
旧称 六所明神社
御祭神 伊邪那岐命〔いざなぎのみこと〕
伊邪那美命〔いざなみのみこと〕
天照皇大神〔あまてらすおおみかみ〕
誉田和気神命〔ほんだわけのかみのみこと〕
大山都見神命〔おおやまつみのかみのみこと〕
菅原道真命〔すがわらみちざねのみこと〕
鎮座地 東京都世田谷区野毛二丁目14番2号
創建年代 元和年間(1615~24)
社格等 旧村社
例祭 9月第4土・日曜日
神事・行事 1月1日/元旦祭
2月26日/祈年祭
7月20日/大祓
7月20日近い日曜日/玉川水神祭
11月26日/新嘗祭・大祓
12月31日/除夜
※『平成「祭」データ』による

御由緒

野毛六所神社は、上野毛村・下野毛村(現在の世田谷区上野毛・野毛・川崎市高津区下野毛)の鎮守。元和年間(1615~24)の遷座と伝える。旧別当は影光山善養寺。

社伝によれば、その昔、多摩川の洪水の時に府中の方から祠が流されてきて、榎の枝にひっかかった。府中のほうから流されてきたということから、村人たちはこの祠に納められた御神体を六所明神(現在の大国魂神社)と崇め、一社を創建して村の鎮守とした。

元は上野毛・下野毛両村の境に鎮座していたが、明治31年(1898)村内の天祖神社・山際神社・日枝神社・八幡神社・北野神社を合祀、現社地に遷座した。ただし、合祀の諸社は明治23年(1890)天祖神社に合祀され、さらに六所神社に合祀されたものという。

現在の社殿は昭和44年(1969)に造営された。

境内にある水神社の御神体は、元は多摩川沿いの「水神鼻」といわれるところに祀られていたが、明治43年(1910)の洪水で流出してしまった。大正になり、多摩川では砂利の採掘が盛んになったが、大正11年(1922、大正10年という資料もあり)砂利採掘の作業中に御神体が発見された。そこで村内の篤志家により、六所神社境内に社殿を建立、奉安されたという。現在の社殿は昭和58年(1983)の建造。

この頃から7月の水神祭では多摩川での勇壮な水中渡御が行われたが、戦後、途絶えてしまった。昭和52年(1977)一度だけ復活したが、現在は祭礼のみで、水中渡御は行われていないとのことである。

補足

天祖神社への合祀は明治13年の可能性があり、確認が必要。また、この時に合祀された日枝神社は昭和16年に東玉川町に遷座し、現在の東玉川町になったという下野毛の日枝神社と思われる。六所神社の御祭神に大山咋神(日枝神社の御祭神)がないことを考え合わせると、後に分祀されたのではないだろうか。

写真帖

  • 参道

    参道

  • 手水舎

    手水舎

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 砂利舟

    砂利舟

  • 水神社の水盤

    水神社の水盤

  • 水神社

    水神社

  • 北野神社

    北野神社

  • 拝殿

    拝殿

  • 社号額

    社号額

  • 本殿

    本殿

メモ

環八通りと多摩川のほぼ中間に鎮座する。南側には旧別当の善養寺がある。周囲は閑静な住宅街である。高台にあり、日当たりがよい。興味深いのは水神社で、見事な龍が彫られた水盤や石でできた砂利舟などがあり、格別の崇敬が寄せられていることを感じさせる。
神職常駐の神社ではないが、宮守の方から御朱印をいただくことができる。気持ちのよい対応をしていただき、感謝である。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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