世田谷区の神社– category –
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世田谷区の神社
玉川神社(等々力)| 東京都世田谷区
玉川神社は等々力村の鎮守で、元は熊野社と称した。文亀年間(1501~04)世田谷城主・吉良頼康が紀州熊野より勧請したと伝えられる。明治41年(1908)村内の天祖神社・御嶽神社・諏訪神社を合祀し、玉川神社と改称した。 正式名称 玉川神社〔たまがわじん... -
世田谷区の神社
経堂天祖神社 | 東京都世田谷区
経堂天祖神社は、経堂在家村の鎮守。『新編武蔵風土記稿』は創建の年代を不詳とするが、地元の古老には永正4年(1507)の鎮座という言い伝えが残っている。江戸時代までは伊勢宮と呼ばれたが、明治になって天祖神社と改称した。 正式名称 天祖神社〔てんそ... -
世田谷区の神社
宇佐神社 | 東京都世田谷区
宇佐神社は小山村の鎮守で、元は八幡社と称した。社伝によれば、永承6年(1052)奥州に向かう源頼義が当地に陣を張り、白雲が八つに分かれて棚引くのを見た。これを奇瑞として喜んだ頼義が、奥州平定後の康平5年(1063)に八幡社を建てたのが起こりという... -
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稲荷森稲荷神社 | 東京都世田谷区
稲荷森稲荷神社は、江戸時代は菅刈社と称した。『新編武蔵風土記稿』によれば、菅刈は当地一帯の庄名で、その名を称することから古い社であろうという。昭和20年頃まで境内は稲荷森〔とうかんもり〕と呼ばれる鬱蒼とした森となっており、現在の稲荷森稲荷... -
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北澤八幡神社 | 東京都世田谷区
北澤八幡神社は、文明年間(1469~87)当地が世田谷城の鬼門に当たることから城主の吉良頼康が勧請し、七澤八社随一正八幡宮として尊崇したという。江戸時代は下北沢村の鎮守で、別当は八幡山森巌寺であった。 正式名称 北澤八幡神社〔きたざわ はちまんじ... -
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駒留八幡神社 | 東京都世田谷区
駒留八幡神社は、徳治3年(1308)領主・北条左近太郎入道成願が八幡大神を勧請したことに始まる。この時、自分の乗った馬が留まったところを鎮座地としたことから駒留八幡と称したという。世田谷城主・吉良頼康の側室が讒言により不義の疑いを受け、子を身... -
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世田谷八幡宮 | 東京都世田谷区
世田谷八幡宮は、寛治5年(1091)後三年の役から凱旋する源義家が当地に滞在し、宇佐八幡宮の御分霊を勧請したことに始まるという。世田谷城主の吉良氏は当社を深く崇敬し、天文15年(1546)吉良頼康が社殿を造営した。かつては例祭に行われる奉納相撲で名... -
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赤堤六所神社 | 東京都世田谷区
赤堤六所神社は、天正12年(1684)服部貞殷が府中の六所宮(大国魂神社)から御分霊を勧請し、服部氏の祈願所としたという。一般の人々の尊崇の念も篤く、元は一つの村であった赤堤村と松原村が分村した後、赤堤村の鎮守となった。 正式名称 六所神社〔ろ... -
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菅原神社 | 東京都世田谷区
菅原神社は、寛文5年(1665)寺子屋を開いていた石井兵助直慶が菅原道真を勧請したという。江戸時代には菅原社、天満宮、天神社などと呼ばれていた。明治7年(1874)菅原神社と改称し、村社に列格した。 正式名称 菅原神社〔すがわらじんじゃ〕 御祭神 菅... -
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勝利八幡神社 | 東京都世田谷区
勝利八幡神社は、上北沢村の鎮守。社伝によれば、万寿3年(1026)京都の石清水八幡宮より勧請されたという。明治40年(1907)山谷稲荷神社を合祀した。日露戦争の時、出征した氏子が無事に生還したことから勝利八幡と呼ばれるようになった。その名にあやか...
