幸稲荷神社

幸稲荷神社

幸稲荷神社は応永元年(1394)豊島郡岸之村(現在の芝公園二丁目辺り)の鎮守として創建され、岸之稲荷と呼ばれていた。その後、氏子・崇敬者に幸事が次々起こったことから、寛永元年(1624)幸稲荷と改称した。江戸時代は境内に講談寄席・大弓場・水茶屋などがあって賑わったという。明治の神仏分離の後、増上寺・金地院境内にあった11の社を合祀した。

正式名称 幸稲荷神社〔さいわいいなりじんじゃ〕
御祭神 伊弉冉尊 倉稲魂命
社格等 旧村社
鎮座地 東京都港区芝公園3-5-27 [Mapion | googlemap]
最寄り駅 神谷町(日比谷線)
御成門(都営三田線)
公式サイト http://www.saiwaijinja.or.jp/
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御由緒

社伝によれば、幸稲荷神社は応永元年(1394)豊島郡岸之村(現在の芝公園二丁目辺り)の鎮守として勧請された。往時は鎌倉街道が通り、人々の往来も多く、郭公の名所として知られていたという。

創建当初は岸之稲荷大明神と称していたが、氏子・崇敬者に願望成就・商売繁盛・子孫繁栄などの幸事が多く起こったため、寛永元年(1624)幸稲荷と改称した。寛永年間(1624~1644)御府内古跡十三社の一に定められる。江戸時代には境内に講談寄席、大弓場、水茶屋などが常設され、非常に賑わったという。

宝永元年(1704)までは別当の真珠山光宝寺(曹洞宗)と神主・神西氏(享保年間に長岡と改める)の両者によって奉仕されていた。しかし名主の伊左衛門をはじめとする氏子たちが、神主単独の奉仕にしたいと寺社奉行に訴え出た。

その結果、光宝寺と幸稲荷社は分離して境内は分割され、幸稲荷社は神主のみによって奉仕されることになった。また、幸稲荷社の社地は増上寺の外境内と定められ、以後、増上寺の支配下に入った。

正徳3年(1713)旧社地が文昭院霊廟(徳川家宣の霊廟)の敷地となったため、増上寺山内・白金稲荷の山下に遷座。さらに文化8年(1805)芝切通の現社地に遷された。

明治の神仏分離令により、増上寺・金地院境内に鎮座していた諸社が合祀された。『芝区誌』によれば以下の通り。

熊野神社(国常立命、伊邪那岐命、伊邪那美命)、茅野天満宮(菅原道真公)、松野天満宮(菅原道真公)、白金社(宇迦之女命)、稲荷神社(豊宇気神)、加佐森神社(豊宇迦之女命)、豊詐神社(保食神)、車折神社(宇気母智命)、金刀比羅神社(大物主神)、稲荷神社(大気都比賈神)、三峰社(祭神不詳)。

上記のうち、瘡護(加佐森)神社は病気になると土の団子を供え、平癒すると米の団子を供えるという風習があり、本社よりも参拝者が多かったという。現在も拝殿には「幸神社」と並んで「瘡護神社」の神号額が掲げられている。

また、現在、茅野天満宮と松野天満宮は境内社として祀られているようだ。

境内にある「御祠石〔みふくらいし〕」は「影向石」「御福良石」とも呼ばれる霊石である。伝承によれば、観智国師(増上寺十三世)が徳川家康の帰依を受け、増上寺が芝の地に移転してきたとき、国師の夢枕に岸之稲荷大明神が現れ、この石に腰掛けて、荒廃した社殿を再建すれば、寺を守護し、氏子崇敬者の繁栄を守ると託宣したという。この石に水をかけて祈願すれば熱病が癒え、子供の夜泣きがたちまち止むと伝えられている。

なお、東京タワーの大展望台に鎮座するタワー大神宮は当社の境外末社である。近年、御朱印を授与するようになったが、平成28年現在、団体で予約した場合のみの対応となっている。

補足

御祭神について、公式サイトや由緒書、東京都神社庁のサイトの神社紹介などでは伊弉冉尊となっているが、『平成「祭」データ』では伊弉冉尊と倉稲魂命の二柱とする(神社の公式サイトの中にも「御祭神倉稲魂神」という記述がある)。境内の掲示には「伊弉冉神・足仲彦命・誉田別命・息長足姫命・倉稲魂神」とあり、さらに『芝区誌』はこの五柱に「保食神・稚産霊命・武内宿禰」を加えた八柱を挙げる。

これをどう判断すればよいか迷ったのだが、『文政寺社書上』を見て解決した。同書上によれば、幸稲荷社の御祭神は次のようになっている。

祭神五社
土祖 伊弉冉尊
上社 倉稲魂命
中社 保食命
下社 稚産霊命
四社 田中社四所八幡宮ヲ申ス
   足仲彦尊 仲哀天皇
   気長足姫尊 神功皇后
   誉田別尊 応神天皇
   末社 竹内宿禰命

『芝区誌』はこれに依っていると考えられる。また、境内掲示は保食神と稚産霊神を同じく穀物を司る倉稲魂命と同一視し、末社とされる武内宿禰を外して五柱としたのであろう。

現時点での田中社四所八幡の御祭神の扱いがわからないため、ここでは『平成「祭」データ』に従って伊弉冉尊・倉稲魂命の二柱としておく。

御朱印

  • 幸稲荷神社の御朱印

中央の朱印は「幸稲荷神社」、右上は「芝公園鎮座」、左下は「幸神社宮司印」。

末社の御朱印

  • タワー大神宮の御朱印

境外末社・タワー大神宮の御朱印。東京タワーにて対応してもらえる。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 手水舎

    手水舎

  • 境内社

    松野天満宮・茅野天満宮

  • 御祠石

    御祠石

  • 拝殿

    拝殿

  • 社号額

    社号額

  • 本殿

    本殿

メモ

こぢんまりとした境内だが、風格のある木造社殿と木々の緑が神域らしい雰囲気を保っている。境内を囲むように中高一貫校の芝中学校・芝高等学校があり、元気のよい生徒の声が響いてくる。社殿の背後に見えるの建物は同校の校舎である。

幸稲荷神社の概要

名称 幸稲荷神社
通称 幸神社
旧称 岸之稲荷
御祭神 伊弉冉尊〔いざなみのみこと〕
倉稲魂命〔うかのみたまのみこと〕
鎮座地 東京都港区芝公園三丁目5番27号
創建年代 応永元年(1394)
社格等 旧村社
例祭 8月14~15日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月節分/小祭
2月初午の日/初午祭
3月春分/小祭
5月17~18日/春祭
6月30日/大祓
9月秋分/小祭
12月31日/大祓

交通アクセス

□神谷町駅(日比谷線)より徒歩5分
□御成門駅(都営三田線)より徒歩7分


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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