新着情報:
21.11.20.江東区の富岡八幡宮に末社・大鳥神社の御朱印を追加しました。
21.10.03.海外廃絶神社の御朱印に樺太神社と亜庭神社の御朱印を追加しました。
21.09.17.東京都豊島区の染井稲荷神社を掲載しました。
21.08.21.東京都豊島区の駒込日枝神社を掲載しました。
21.08.19.東京都奥多摩町の奥氷川神社を掲載しました。
21.08.16.明和6年(1769)六十六部の納経帳(5)を掲載しました。
21.08.07.明和6年(1769)六十六部の納経帳(4)を掲載しました。
21.07.23.明和6年(1769)六十六部の納経帳(3)を掲載しました。
21.07.18.新潟県の神社のリニューアル作業が完了しました。
21.07.12.明和6年(1769)六十六部の納経帳(2)を掲載しました。
21.07.05.明和6年(1769)六十六部の納経帳(1)を掲載しました。
21.07.05.明和6年(1769)六十六部の納経帳の概要を掲載しました。
21.07.01.札幌市中央区の三吉神社を掲載しました。
21.06.29.北海道旭川市の永山神社を掲載しました。
21.06.28.北海道広尾町の十勝神社を掲載しました。

御朱印入門

御朱印研究

御朱印拝受

昔の御朱印・納経帳

その他

サイトの趣旨

「御朱印」とは神社仏閣を参拝した証としていただくもので、一般的にはその名の通り朱印のみ、あるいは朱印と揮毫(スタンプ・印判の場合もあり)の組み合わせからなっています。

ときに黒印その他の色の印を押したり、揮毫のみということもありますが、その場合でも御朱印と呼ばれます。また最近は絵を描くような例もありますので、御朱印という文字にとらわれず、参拝の証しとして定義するのが実態に合っているのではないかと思われます。

その起源は寺社が六十六部廻国聖に対して納経(写経を奉納すること)の証しとして出した「納経請取状」にあります。江戸時代になって「納経帳」という形になり、次第に四国八十八ヶ所や西国三十三所と巡る庶民にも普及しました。現在のような折り本式の集印帖が登場したのは大正時代の半ばで、昭和の初めに御朱印と呼ばれるようになったようです。

これまで御朱印は学問的な関心の対象になったことがありませんでした。その歴史などについてのきちんとした文献や研究は存在しておらず、わずかに六十六部廻国聖や四国八十八ヶ所の研究などで言及されているに過ぎません。

当サイトでは私自身が神社仏閣を参拝して拝受した平成の御朱印をはじめ、江戸時代から昭和に至る納経帳・集印帖などを紹介しながら、御朱印について総合的に探求しています。

※当サイト内の画像及びテキストの無断使用は禁止します。
※リニューアル作業中です。未完了のページは旧サイトにリンクしています。


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