更新情報:
18.11.07.二十二社を掲載しました。
18.10.27.愛媛県松山市南久米町の日尾八幡神社を掲載しました。
18.10.25.東京都葛飾区立石の五方山熊野神社に御朱印を追加しました。
18.10.25.東京都千代田区外神田の神田神社に御朱印を追加しました。
18.10.24.愛媛県の神社のリニューアル作業が完了しました。
18.10.20.東京都中央区日本橋茅場町の日本橋日枝神社に御朱印を追加しました。
18.10.19.東京都千代田区永田町の日枝神社に江戸時代の御朱印を追加しました。
18.10.15.東京都葛飾区高砂の高砂天祖神社を掲載しました。
18.10.07.東京都港区西麻布の櫻田神社に戦前の御朱印と限定御朱印を追加しました。
18.10.05.東京都港区六本木の天祖神社(龍土神明宮)に戦前の御朱印を追加しました。
18.10.03.東京都港区六本木の朝日神社に戦前の御朱印と限定御朱印を追加しました。
18.09.25.東京都文京区本郷の金刀比羅宮東京分社に戦前の御朱印を追加しました。
18.09.19.東京都町田市大蔵町の春日神社を掲載しました。
18.09.19.西多摩地域の神社のリニューアル作業が完了しました。
18.07.21.東京都江戸川区西小松川町の西小松川天祖神社を掲載しました。

コンテンツ

御朱印入門

御朱印研究

御朱印拝受

昔の御朱印・納経帳

その他

サイトの趣旨

「御朱印」とは神社仏閣を参拝した証としていただくもので、一般的にはその名の通り朱印のみ、あるいは朱印と揮毫(スタンプ・印判の場合もあり)の組み合わせからなっています。

ときに黒印その他の色の印を押したり、揮毫のみということもありますが、その場合でも御朱印と呼ばれます。また最近は絵を描くような例もありますので、御朱印という文字にとらわれず、参拝の証しとして定義するのが実態に合っているのではないかと思われます。

その起源は寺社が六十六部廻国聖に対して納経(写経を奉納すること)の証しとして出した「納経請取状」にあります。江戸時代になって「納経帳」という形になり、次第に四国八十八ヶ所や西国三十三所と巡る庶民にも普及しました。現在のような折り本式の集印帖が登場したのは大正時代の半ばで、昭和の初めに御朱印と呼ばれるようになったようです。

これまで御朱印は学問的な関心の対象になったことがありませんでした。その歴史などについてのきちんとした文献や研究は存在しておらず、わずかに六十六部廻国聖や四国八十八ヶ所の研究などで言及されているに過ぎません。

当サイトでは私自身が神社仏閣を参拝して拝受した平成の御朱印をはじめ、江戸時代から昭和に至る納経帳・集印帖などを紹介しながら、御朱印について総合的に探求しています。

※当サイト内の画像及びテキストの無断使用は禁止します。
※リニューアル作業中です。未完了のページは旧サイトにリンクしています。


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