多田神社(中野)

多田神社

正式名称 多田神社〔ただじんじゃ〕
御祭神 多田満仲
社格等 旧村社
鎮座地 東京都中野区南台3-43-1 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://tadajinja.tokyo/

【由緒概要】
多田源氏の祖・源満仲(多田満仲)を祀る。社伝によれば、満仲の曾孫・源義家が後三年の役から凱旋する途中、父・頼義が創建した大宮八幡宮に神鏡を奉納、別当の宝仙寺を創建した。そして、大宮八幡宮創建時の神供の雑色料の地であった当地に、日頃篤く敬慕する満仲を祀る社を建てた。これを村人たちが鎮守として崇敬するようになったという。

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多田神社の御朱印

  • 多田神社の御朱印

平成17年拝受の御朱印。朱印は「多田神社」。

多田神社について

名称 多田神社
旧称 多田権現 多田権現稲荷合社
御祭神 多田満仲〔ただみつなか〕
鎮座地 東京都中野区南台三丁目43番1号
創建年代 寛治6年(1092)
社格等 旧村社
例祭 8月27日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月3日/節分祭
4月10日/春祭
6月30日/大祓
11月23日/新穀感謝祭
12月31日/大祓

御由緒

雑色村の鎮守で、真言宗の如意輪山宝福寺が別当であった。多田源氏の祖・多田満仲(源満仲)を祀る。『新編武蔵風土記稿』には多田権現稲荷合社とあり、祭礼は同じく雑色村の鎮守であった氷川神明合社(神明氷川神社)と隔年で行われていたという。

源満仲は清和天皇の曾孫で、文武両道の武将として活躍した。村上・冷泉・円融・花山の四朝に仕え、武蔵・摂津などの国守を歴任、左馬頭・鎮守府将軍となった。摂津多田を本拠地とし、多田院(現在の多田神社)を創建、多田満仲と呼ばれた。長男は摂津源氏の祖で酒呑童子退治の説話で知られる源頼光。三男の源頼信は河内源氏の祖で、この系統から源頼義、源義家などが出ている。

社伝によれば、源義家が後三年の役からの凱旋の途次、戦勝祈願成就の奉賽として、父・源頼義が創建した大宮八幡宮に神鏡を奉納し、別当・宝仙寺を創建した。さらに、雑色村に日頃篤く敬慕する曾祖父・満仲公の祠を建てた。雑色村は大宮八幡宮建造の時の八幡神供の雑色料の地であるという。これが当社の創祀であり、雑色村の鎮守として村人の崇敬を受けるようになったと伝えられる。

古来樹木鬱蒼とした荘厳なる神域であったが次第に老木が枯凋し、社殿も老朽化したため、慶長2年(1597)社殿を再建、文政年間(1818~31)に改修した。

明治12年(1879)村社に列格、同14年(1881)と同44年(1811)に社殿を改築。現在の社殿は第二次大戦後の氏子の急増に伴い、昭和35年(1960)に改築したものである。

写真帖

  • 一の鳥居

    一の鳥居

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 境内社

    榛名・御嶽・阿夫利神社

  • 稲荷神社

    稲荷神社

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

住宅地の中に鎮座する。それほど広い境内ではないが、参道や社殿の周囲には大きな木も多く、緑豊かな鎮守の森となっている。隣接して旧別当で江戸三十三観音17番の宝福寺があり、こちらの境内も緑が多い。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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