本郷氷川神社

本郷氷川神社

正式名称 氷川神社〔ひかわじんじゃ〕
通称 本郷氷川神社〔ほんごう ひかわじんじゃ〕
御祭神 素盞嗚尊
社格等 旧村社
鎮座地 東京都中野区本町4-10-3 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
社伝によれば文明元年(1469)太田道灌が江戸城を築くにあたり、その鎮護として大宮の氷川神社から御分霊を勧請して奉斎した。道灌は当社を深く崇敬し、石神井城の攻略に際して戦勝を祈願し、杉の木を植えた。さらに凱旋の後、奉賽として社殿を修復したという。

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本郷氷川神社の御朱印

  • 本郷氷川神社の御朱印

    (1)

  • 本郷氷川神社の御朱印

    (2)

(1)平成17年拝受の御朱印。中央の朱印は「本郷氷川神社」、左下は「宮司之印」。

(2)平成24年拝受の御朱印。中央の朱印は「本郷氷川神社」で、サイズの大きい新しい印になっている。

本郷氷川神社について

名称 氷川神社
通称 本郷氷川神社
旧称 氷川大明神
御祭神 素盞嗚尊〔すさのおのみこと〕
鎮座地 東京都中野区本町四丁目10番3号
創建年代 文明元年(1469)
社格等 旧村社
例祭 9月第1日曜日
神事・行事 2月3日/節分祭
12月31日/除夜祭
※『平成「祭」データ』による

御由緒

本郷村の鎮守。旧別当は真言宗の南光山福寿院(本町3)であった。

社伝によれば、文明元年(1469)太田道潅が江戸城を築くにあたり、その鎮護のために大宮の氷川神社から御分霊を勧請し、本郷村と雑色村に奉斎したことに始まる。本郷村に祀ったのが当社、雑色に祀ったのが神明氷川神社で、俗に二簸川社と呼ばれたという。

道灌は深く当社を崇敬し、同9年(1877)豊島氏の拠る石神井・練馬の両城を攻略するに際し、戦勝を祈願して自ら社頭に杉の木を植えた。凱旋の後、奉賽として社殿を修復し、以後も例祭には太田氏より幣帛の寄進があったという。なお、残念ながら道灌手植えの杉は大正3年(1914)落雷のために枯死した。

以来、本郷村の鎮守社として村人の崇敬篤く、明治5年(1972)には村社に列格した。明治26年(1893)社殿が改築された。

昭和20年(1945)戦災により社殿が焼失、現在の社殿は同30年(1955)の再建である。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 境内社

    境内社

  • 神輿庫

    神輿庫

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

  • 本郷道改修記念碑

    本郷道改修記念碑

メモ

神田川を見下ろす高台に鎮座する。今は住宅に囲まれてしまっているが、かつては眼下に水田を見下ろす風光明媚な土地であったという。
境内にある本郷道改修記念碑は、明治35年(1902)青梅街道から本郷氷川神社に通じる本郷道の改宗を記念して建てられたもの。当時、本郷道は里道であるにもかかわらず、水車場が設けられていたため馬車の往来が多く、損壊することもしばしばであった。そこで本町に住む土方平吉が発起人となり、賛同する人々の寄付を募って道路の改修を行ったという。東京近郊の農村で会った時代を偲ぶことができる。


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