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多摩川浅間神社 | 東京都大田区

多摩川浅間神社

文治年間(1185~90)、当地に逗留していた北条政子が亀甲山〔かめのこやま〕から見える富士山の鮮やかな姿に感銘を受け、富士吉田の浅間神社に祈願した。そして夫・源頼朝の武運長久を祈願して、身につけていた聖観音を奉安した。これを村人が富士浅間大菩薩として崇めたのが当社の始まりとされる。

正式名称 浅間神社〔せんげんじんじゃ〕
通称 多摩川浅間神社〔たまがわ せんげんじんじゃ〕
御祭神 木花咲耶姫命 〈合祀〉伊佐那岐ノ命 伊佐那美ノ命 速玉乃男命 事解乃男命 菊理姫命
社格等 旧村社
鎮座地 東京都大田区田園調布1-55-12 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.sengenjinja.info/

https://goshuin.net/tokyo-jinja/ota-jinja/

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御朱印

  • 多摩川浅間神社の御朱印

    (1)

  • 平成28年夏詣の御朱印

    (2)

  • 平成28年9月の御朱印

    (3)

  • 平成28年10月の御朱印

    (4)

  • 平成28年11月の御朱印

    (5)

(1)平成18年拝受の御朱印。中央の朱印は「浅間神社」、右上に「田園調布鎮座」。

(2)平成28年7月拝受、夏詣の御朱印。虹色の「夏詣」の添印。

(3)平成28年9月拝受の御朱印。青で富士山と雲の添印。

(4)平成28年10月拝受の御朱印。金で御神木・夫婦銀杏の添印。

(5)平成28年11月拝受の御朱印。御祭神・木花咲耶姫命と桜花の添印。

御由緒

荏原郡下沼部村の鎮守。旧別当は有慶山東光院(田園調布本町、真言宗智山派)であった。

社伝によれば、文治年間(1185~90)北条政子は豊島郡滝野川松崎に出陣した源頼朝を案じ、多摩川畔まで来た。しかし、わらじの傷が痛み、当地に逗留して傷を癒やすこととなった。

政子は逗留のつれづれに登った亀甲山(現社地)から見る富士山の鮮やかなことに感銘を受け、その山麓・富士吉田にある守り本尊・浅間神社に手を合わせた。そして頼朝の武運長久を祈り、身につけていた聖観音をこの地に祀った。これを村人たちが「富士浅間大菩薩」として崇めたのが当社の創祀とされる。

承応元年(1652)5月、当社表坂の土留め工事をしていたとき、聖観音の銅像が発掘された。そこで欠けていた片足を鋳造して奉安し、6月1日に神事を執り行った。以来、6月1日に例祭が行われるようになったという。

明治40年(1907)村内にあった熊野神社と赤城神社を合祀、そのため、浅間神社の桜とともに、熊野神社の八咫の烏、赤城神社の左三つ巴を社紋とする。

昭和48年(1973)造営の社殿は浅間造り(富士山本宮浅間大社や静岡浅間神社に代表される二層の楼閣造り)で、都内では唯一のものという。

写真帖

  • 参道

    参道

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 食行身禄の碑

    食行身禄の碑

  • 手水舎

    手水舎

  • 境内社

    境内社

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 子産石

    子産石(子宝石)

  • 拝殿

    拝殿

  • 社号額

    社号額

  • 本殿

    本殿

メモ

田園調布の富士見坂を下った多摩川べりに鎮座する。多摩川台古墳群の一角であり、神社の鎮座する岡も古墳であるが、富士山の溶岩や富士講に関する石碑・祠が並び、富士塚としての様相を持つ。食行身禄の石碑は勝海舟の筆である。境内から神奈川方面の眺望は抜群で、社務所の屋上は展望台になっている。平成28年に公開された映画『シン・ゴジラ』ではゴジラを迎え撃つ指令本部とされ、聖地巡りの対象の一つとなった。

多摩川浅間神社の概要

名称 浅間神社
通称 多摩川浅間神社
御祭神 木花咲耶姫命〔このはなさくやひめのみこと〕
〈合祀:赤城神社〉
伊佐那岐ノ命〔いざなぎのみこと〕
菊理姫命〔くくりひめのみこと〕
〈合祀:熊野神社〉
伊佐那美ノ命〔いざなみのみこと〕
速玉乃男命〔はやたまのおのみこと〕
事解乃男命〔ことさかのおのみこと〕
鎮座地 東京都大田区田園調布一丁目55番12号
創建年代 文治年間(1185~90)
社格等 旧村社
例祭 6月1日
※6月第1土・日曜日/神賑行事
神事・行事 1月1日/元旦祭
2月3日/節分追儺式
2月午の日/初午祭
2月11日/紀元節祭
6月30日/大祓祭
8月15日/中祭
11月23日/新嘗祭
12月31日/大祓祭・除夜祭

交通アクセス

□東急東横線・目黒線・多摩川線「多摩川駅」より徒歩約2分

東都神社御朱印集
東京の神社400社以上の御朱印や由緒などの紹介。珍しい江戸時代から昭和戦前までの御朱印も掲載。
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