九頭龍神社(檜原)

九頭龍神社

九頭龍神社は檜原村の南谷十組のうち数馬組と猿屋鋪組の鎮守である。社伝によれば、延元元年(1336)現宮司の祖で数馬の地を拓いた中村数馬守小野氏経が九頭龍大神を勧請、武運長久を祈願して氏神としたことに始まる。天文14年(1545)には中村伊賀守藤原信吉が社殿を建立、その時の棟札が現存している。

正式名称 九頭龍神社〔くずりゅうじんじゃ〕
御祭神 九頭龍大神 天手力男命
社格等 旧村社
鎮座地 東京都西多摩郡檜原村数馬7076 [Mapion|googlemap]
最寄り駅 武蔵五日市(JR五日市線)
バス停:数馬
公式サイト http://www.tokyokuzuryujinja.net/

御朱印

  • 九頭龍神社の御朱印

    (1)

  • 九頭龍神社の御朱印

    (2)

(1)平成21年拝受の御朱印。中央の朱印は「九頭龍神社々務所印」、下は神剣に「神璽」ではないかと思われる。左下は「宮司之印」。

(2)平成29年拝受の御朱印。九頭龍大権現の神姿の上に「九頭龍神社」の朱印、左下に「九頭龍神社々務所印」。

御由緒

九頭龍神社社前風景

御祭神

■九頭龍大神
■天手力男命

九頭龍神社の公式サイトや東京都神社庁のサイトでは上記二柱を御祭神とするが、神社明細帳や『平成「祭」データ』では天手力男命一柱となっている。天手力男命は戸隠神社(奥社)の御祭神で、九頭龍大神はその地主神である(九頭龍社)。

因みに『新編武蔵風土記稿』は健南方命(建御名方命)とするが、同書掲載の棟札には「九頭龍大権現(本地十一面観音・立鳥尊)、不動明王(本地大日如来・能素盞尊)、山神(本地毘沙門天)」とある。

推測ではあるが、天手力男命を御祭神としたのは明治維新の後、御祭神を記紀に登場する神々とすることになり、九頭龍大神と関わりの深い戸隠神社と関連づけるようになったのではないだろうか。近年になり、本来の御祭神である九頭龍大神を表に出すようになったのではないかと思われる。

御由緒(歴史)

九頭龍神社は檜原村で最も西の数馬地区に鎮座する。江戸時代以前は九頭龍権現社と称した。檜原村は江戸時代以前から一つの村で、本村上組・本村下組・泉沢組の三組と北谷十組・南谷十組の23組で構成されていたが、九頭龍権現社は南谷十組のうち数馬組と猿屋鋪組の鎮守であった。

数馬について、『新編武蔵風土記稿』は「延元の頃(1336~40)中村数馬小野氏経という者が来て新たに開墾した土地であることによって(数馬を)名としたという。今の九頭龍権現の神職・中村山城は氏経の子孫であるというが、その詳らかなことは伝わっていない」と記す。

社伝によれば、中村数馬守小野氏経は武蔵七党の一・横山党小野氏の一族で、南北朝の戦いでは南朝側に従軍していた。延元元年(1336)氏経が南朝の守護神といえる九頭龍大神を祀り、氏神として武運長久を祈願したことに始まる。以来、その子孫の中村氏が代々神職として現代まで奉仕している。

天文14年(1545)7代目の中村伊賀守藤原信吉が社殿を建立、この時の棟札が現存している。『新編武蔵風土記稿』にその棟札の文面が引用されている。

  本地十一面観音
九頭龍大権現
  立鳥尊
  本地大日如来
不動明王
  能素盞尊
山神 本地毘沙門天
 于時
天文十四年丙申二月朔日
 時當所建立者也
神主當所住
 中村伊賀守藤原信吉

※ただし天文14年は乙巳であることから、「按ずるに十五年丙午か、疑うべし」と注記がある。

ネット上では神社の公式サイトを含めて天文14年「勧請」とするサイトが多いが、棟札では「建立」となっている。「勧請」とするのは神社明細帳の「本社創立天文十四年巳年二月二日中村伊賀藤原信吉勧請ニテ、今村内平民中村喜萬太ニ至ル十五代」という記述によると思われる。

なお、『新編武蔵風土記稿』には「小社にして拝殿あり二間に三間」「祭神は健南方命なりという。木の立像長一尺二寸ばかり、その形弁天に似たり」と記されている。

昭和44年(1969)道路改修に際して社地80坪を提供したことに伴い、鳥居と神楽殿を改築。昭和57年(1982)には本殿の改修、拝殿・覆殿その他の大改築が行われた。

九頭龍の滝

九頭龍神社九頭龍の滝

九頭龍神社から100mほど川上方向に進むと道が分かれ、都道は右折して南秋川を渡る。その橋のたもとから川へ下りていくと、落差約10mの九頭龍の滝がある。

元は街道の脇にあることから「横道の滝」と呼ばれていたが、九頭龍権現が祀られた後、この滝に打たれて身を清める参詣者が増えたことから「九頭龍の滝」と呼ばれるようになったという。現在でもパワースポットとして人気があり、滝行を行うグループも多いという。

中村家住宅主屋

九頭龍神社中村家住宅

社家・中村家の住宅は江戸時代後期の建築で、富士型二重兜造りという木造二階五層の民俗学的にも非常に貴重なもの。内部に神殿を設け、その前面に玄関を構える社家住宅の特徴を備えた大型民家である。平成23年(2011)「中村家住宅主屋」として国の登録有形文化財に登録された。「古民家の宿山城」として宿泊も可能である。

写真帖

  • 九頭龍神社社前風景

    社前風景

  • 九頭龍神社参道

    参道

  • 九頭龍神社鳥居

    鳥居

  • 九頭龍神社御神木

    御神木

  • 九頭龍神社手水舎

    手水舎

  • 九頭龍神社境内社

    稲荷社

  • 九頭龍神社拝殿

    拝殿

  • 九頭龍神社社号額

    社号額

  • 九頭龍神社本殿(覆殿)

    本殿(覆殿)

  • 九頭龍神社九頭龍の滝

    九頭龍の滝

メモ

都民の森の手前、檜原温泉センター数馬の湯の少し先にある。武蔵五日市駅からバスで一時間ということで、都内にそんな奥地があるのだろうかと思っていたが、本当に小一時間かかった。でも、道路は整備されており、自動車ばかりではなく、バイクや自転車でツーリングを楽しんでいる人もよく通るようだ。
御祭神の天手力男命は戸隠神社の奥社の御祭神、九頭龍大神は戸隠の地主神で、奥社境内の九頭龍社に祀られている。
社務所は神社から300mほど下ったところにあり、民宿を営んでいる(古民家の宿 山城)。初回参拝時は改修中だったが、二回目の参拝時には風格あるたたずまいを拝見することができた。

九頭龍神社の概要

名称 九頭龍神社
旧称 九頭龍権現社
御祭神 九頭龍大神〔くずりゅうのおおかみ〕
天手力男命〔あめのたぢからおのみこと〕
鎮座地 東京都西多摩郡檜原村数馬7076
創建年代 不詳/天文14年(1545)以前
社格等 旧村社
例祭 9月第2日曜日
神事・行事 1月1日/元旦祭
2月3日/節分祭
3月1日/祈年祭
6月30日/大祓
12月31日/大祓
文化財 〈都無形民俗文化財〉数馬太神楽 数馬獅子舞

交通アクセス

□JR五日市線「武蔵五日市」よりバス
■西東京バス数馬・都民の森行き「数馬」下車徒歩5分

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