豊玉氷川神社

豊玉氷川神社

正式名称 氷川神社〔ひかわじんじゃ〕
通称 豊玉氷川神社〔とよたま ひかわじんじゃ〕
御祭神 須佐之男命
社格等 旧村社
鎮座地 東京都練馬区豊玉南2-15-5 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
豊玉氷川神社は中荒井村(中荒井村)の鎮守で、創建年代は不詳だが、当初は天満宮(境内社の北野天満神社)、次は牛頭天王(同じく須賀神社)が主神であったという。その後、大宮の武蔵国一宮・氷川神社から御分霊を勧請し、主神としたと伝えられる。

豊玉氷川神社の御朱印

  • 豊玉氷川神社の御朱印

    (1)

(1)平成18年拝受の御朱印。中央の朱印は「氷川神社」、下は「宮司之印」。

豊玉氷川神社について

名称 氷川神社
通称 豊玉氷川神社
御祭神 須佐之男命〔すさのおのみこと〕
鎮座地 東京都練馬区豊玉南二丁目15番5号
創建年代 不詳
社格等 旧村社
例祭 9月7日
神事・行事 1月1日/元旦祭
2月上午の日/初午祭
2月11日/祈年祭
4月7日/防伎祭(虫送り神事)
6月15日/夏季大祭(天王祭)
6月20日前後/大祓祭
11月20日前後/新嘗祭
12月19日/大祓祭
12月31日/除夜祭
※『平成「祭」データ』による

御由緒

豊玉氷川神社は中新井村(中荒井村とも。現在の豊玉地区)の鎮守。

創建年代は不詳だが、はじめは境内社の北野天満神社(菅原道真)、次には同じく境内社の須賀神社(牛頭天王=須佐之男命)が主神であったという。その後、時代は不明だが、武蔵国一宮の氷川神社から分霊を勧請し、主神としたと伝えられる。

文化・文政時代(1804~29)に編纂された『新編武蔵風土記稿』には氷川社として記載されており、村の鎮守とされている。当時の別当は真言宗の天満山正覚院であった。正覚院は山号が示すように天満宮の別当として創建されたという伝承を有しており、北野天満神社が一番古いという社伝と共通する。

明治5年(1872)村社に列格した。

現在の社殿は昭和2年(1927)に造営されたもの。旧拝殿は文化8年(1811)の棟札があり、釘を1本も使わない組込式の建築技法が用いられている。改築して神楽殿として使われていたが、現在は額殿となっている(練馬区登録有形文化財)。

写真帖

  • 社前風景

    社前風景

  • 金子ゴールデン発祥の地碑

    ビール麦金子ゴールデン発祥の地碑

  • 鳥居

    鳥居

  • 神楽殿額殿

    神楽殿と額殿(旧拝殿)

  • 三峯神社

    三峯神社

  • 北野天満神社

    北野天満神社

  • 須賀神社

    須賀神社

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

参拝時、ちょうど宮司さんは境内の掃除をしておられるところだった。忙しい手を止めていただいての御朱印対応。由緒書きは特に準備していないとのことだが、練馬区教育委員会発行の『練馬の神社』を紹介していただいた。よくまとまっており、非常に便利な資料だが、当コンテンツの間違いも発見。もっと早く知っていればと悔やまれる。なお、この冊子の表紙は、豊玉氷川神社の拝殿に安置された神輿の写真である。

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