茅原浅間神社

茅原浅間神社

正式名称 浅間神社〔せんげんじんじゃ〕
通称 茅原浅間神社 江古田浅間神社
御祭神 木花佐久夜姫命
社格等 旧無格社
鎮座地 東京都練馬区小竹町1-59-2 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
茅原浅間神社は東新町氷川神社(板橋区)の境外末社で、承平元年(931)の創建と伝えられる。境内の富士塚(江古田富士)は天保10年(1839)小竹丸祓講によって築造されたもの。昭和54年(1979)国の重要有形民俗文化財に指定された。

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茅原浅間神社の御朱印

  • 茅原浅間神社の御朱印

    (1)

  • 茅原浅間神社の御朱印

    (1)

(1)平成17年拝受の御朱印。朱印は「浅間神社」。

(2)平成24年拝受の書き置きの御朱印。朱印は「神璽」。

茅原浅間神社について

名称 浅間神社
通称 茅原浅間神社 江古田浅間神社 江古田富士
旧称 富士浅間神社
御祭神 木花佐久夜姫命〔このはなさくやひめのみこと〕
鎮座地 東京都練馬区小竹町一丁目59番2号
創建年代 承平元年(931)
社格等 旧無格社
例祭 9月15日
神事・行事 1月11日/蔵開き
2月3日/節分祭
2月初午/初午祭
4月初申/初申祭
7月1日/山開き
文化財 〈重要有形民俗文化財〉江古田の富士塚

御由緒

茅原浅間神社は板橋区東新町に鎮座する東新町氷川神社の境外末社である。

創建年代は不詳だが、社伝によれば承平元年(931)とされる。この年の6月、夏山茅原浅間に雪が降った。山の姿がいかにも富士山に似ているので村人たちが登ったところ、御神体と思われる石があったところから、これを拝して「富士の大神」と崇めたことに始まるという。

江戸時代は富士浅間社と呼ばれ、別当は真言宗の夏雪山能満寺(旭丘2)であった。江戸時代の中頃になると、富士講の盛んな上板橋・中新井・下練馬の人々の信仰も集めるようになった。天保10年(1839)には小竹丸祓講の人々により富士塚が築かれた(一説には文化年間とも)。富士塚の頂にある石祠はこの時の建立。

江古田富士と通称され、高さ約8m、直径約30mで、関東大震災で損壊したが、その後修復。昭和54年(1979)江古田の富士塚は台東区下谷の下谷坂本富士、豊島区高松の長崎富士、川口市東内野の木曽呂富士とともに国の重要有形民俗文化財に指定された。

現在の拝殿は昭和29年(1954)、神楽殿は昭和34年(1959)に建造されたものである。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 拝殿

    拝殿

  • 社号額

    社号額

  • 富士塚

    富士塚(江古田富士)

  • 石祠

    富士塚頂上の石祠

メモ

西武池袋線江古田駅からすぐのところに鎮座する。参道をまっすぐ進むと拝殿があり、その背後に江古田富士がそびえる。高さ8m、直径30mの堂々たるものである。正月3ヶ日と7月1日の山開きには登拝することができる。
御朱印は平成17年の初回参拝時は若い巫女さんが対応してくださった。その後については知らなかったのだが、一時御朱印の授与はなくなったが、最近、書き置きでの対応をするようになったとの情報を木村様よりいただいた。そこで、新年の板橋七福神巡拝に合わせて参拝、書き置きの御朱印を拝受した(※平成24年現在)。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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