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自由が丘熊野神社 | 東京都目黒区

自由が丘熊野神社

荏原郡衾村字谷畑(現在の自由が丘・緑が丘)の鎮守。創建年代は不詳だが、中世から近世にかけて熊野詣でが盛んとなった時代に、熊野から勧請されたものであろうという。

正式名称 熊野神社〔くまのじんじゃ〕
通称 自由が丘熊野神社
御祭神 伊弉冉尊 〈相殿〉速玉之男尊 泉津事解之男尊
社格等 旧無格社
鎮座地 東京都目黒区自由が丘1-24-12 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.kumano-jinja.or.jp/(リンク切れ)
目黒区の神社
東京都目黒区の神社の御朱印。目黒大鳥神社・中目黒八幡神社・上目黒氷川神社・碑文谷八幡宮・八雲氷川神社・自由が丘熊野神社
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御朱印

  • 自由が丘熊野神社の御朱印

    (1)

  • 自由が丘熊野神社の御朱印

    (2)

(1)平成17年拝受の御朱印。中央の朱印は「熊野神社神璽」、左下の印は「熊野神社宮司之印」。

(2)平成23年拝受の御朱印。中央の朱印は「熊野神社」で周囲に椿の花。左下の印は「熊野神社宮司之印」で、欅の葉の印を添える。

御由緒

旧衾村字谷畑(現在の自由が丘・緑が丘)の鎮守で、谷畑の権現様と呼ばれていた。

創建は不詳だが、中世から近世にかけて熊野詣が盛んになり、各地に講社がつくられていく中で、熊野から勧請されたものであろうという。寛政8年(1796)社殿改修の棟札の写しが残っており、少なくともこれ以前に創建されていたと考えられている。

『碑衾町誌』(昭和7年)は、「紀州熊野権現に村の人数人が参詣し、その時持ち帰った松が非常に大きくなった。ところが明治になって枯死したため、これを売却すると当時の金で60円になり、利子で年一回の祭礼が数年間できた」という土地の人の話を紹介している。勧請からかなりの年月が経っていることが推測できる。

資料

新編武蔵風土記稿

熊野社

境内除地五畝歩、小名谷畑にあり。是も草創の年歴をしらず。本社一間四方の小祠。拝殿は二間に三間。南向なり。村の持。

写真帖

  • 一の鳥居

    一の鳥居

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 栗山久次郎翁像

    栗山久次郎翁像

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 稲荷神社

    伏見稲荷神社

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

自由が丘駅の北300mほどに鎮座する。人々が行き交う街角に鎮守の森が守られている。
参道脇に旧碑衾村の村長であった栗山久次郎の銅像がある。村政・教育文化の向上に力を注ぎ、晩年は耕地整理事業や自由が丘駅の誘致に尽力したという。特に当地の地名を「自由ヶ丘(現在の自由が丘)」に改めることを決断し、自由が丘発展の礎を築いたという。
当社にはオリジナルの御朱印帳がある。御神木の欅の葉を捺染めしたもので、自然の染料を用いた優しい色合いの表紙のものである(※平成28年11月現在頒布終了とのこと)。

自由が丘熊野神社の概要

名称 熊野神社
通称 自由が丘熊野神社
旧称 熊野社 谷畑の権現様
御祭神 伊弉冉尊〔いざなみのみこと〕
〈相殿〉
速玉之男尊〔はやたまのおのみこと〕
泉津事解之男尊〔よもつことさかのおのみこと〕
鎮座地 東京都目黒区自由が丘一丁目24番12号
創建年代 不詳
社格等 旧無格社
例祭 9月第1土・日曜日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月節分/節分祭
2月17日/祈年祭

交通アクセス

□東急東横線・大井町線「自由が丘駅」より徒歩約3分

東都神社御朱印集
東京の神社400社以上の御朱印や由緒などの紹介。珍しい江戸時代から昭和戦前までの御朱印も掲載。
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