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笠森稲荷神社 | 東京都小金井市

笠森稲荷神社

笠森稲荷神社は元文元年(1736)年の創建と伝えられる。難病平癒の霊験で知られ、かつては千葉・埼玉方面からも参拝者が訪れたという。明治42年(1909)小金井神社に合祀されたが、その後も参拝者は絶えなかったという。昭和21年(1946)二枚橋上の旧地に復座した。参道には今も大願成就の奉納鳥居が建ち並ぶ。

正式名称稲荷神社
通称笠森稲荷神社
御祭神倉稲魂命
社格等旧無格社
所在地東京都小金井市東町1-40-13[Mapion|googlemap]
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御朱印

笠森稲荷神社の御朱印笠森稲荷神社の御朱印笠森稲荷神社の御朱印
(1)(2)(3)

(1)令和3年拝受の御朱印、書き置き。中央の朱印は「笠森稲荷神社」、右上の印は抱き稲に宝珠の神紋。台紙には大願成就の千本鳥居が描かれている。

(2)令和3年拝受の月替わりの御朱印(5月)、書き置き。通常の御朱印の右に「竹松神社」の印。台紙に鯉のぼりと菖蒲の絵が入っている。

(3)令和3年拝受の疫病除けの御朱印、書き置き。右に神紋と社号の印、中央に「疫病除」の文字、左下には南天の絵。古来、南天は「難を転じる」に通じ、また赤い実は厄除けの力があると信じられ、魔除けの力のある縁起のよい植物とされてきた。また、漢方では南天の実を咳止めや喉の薬として用いる。

笠森稲荷神社について

笠森稲荷神社神狐

御祭神

■倉稲魂命

本殿内には天保11年(1840)の銘のある石の祠が安置されている。また、『小金井風土記』によれば、当社を祀ってきた大久保家には嘉永5年(1852)12月付の「依懇願移当御社神影」が所蔵されていたという。これは関東惣司・妻恋稲荷の勧遷状のことと思われるので、この時に妻恋神社から御分霊を勧請したのであろう。

御由緒

笠森稲荷神社社殿

笠森稲荷神社は旧下小金井村字二枚橋上(現・小金井市東町)に鎮座する。当初は大久保竹松屋敷内の社で、元は「竹松稲荷」と呼ばれていたが、いつの頃からか「笠森稲荷」と呼ばれるようになったという。

創建は元文元年(1736)と伝えられる。神社明細帳には「里老之口碑、元文元年ノ創建ナリト申伝候共、証跡不詳」とある。

元は石の祠を祀るだけだったと伝えられ、現在も社殿内には「天保十一年(※1840年)庚子初午」と刻まれた石祠が安置されている。また、『小金井風土記』によれば、大久保家には嘉永5年(1852)12月付けの「依懇願移当御社神影」が所蔵されていたというが、これは関東惣司・妻恋稲荷の勧遷状の定型文であり、この時に妻恋神社から御分霊を勧請したのであろう。

「カサモリ(瘡守・瘡護・笠森)稲荷」は全国各地にあり、疱瘡や腫れ物、性病等の治癒で信仰を集めている。当社も難病治癒の霊験あらたかとされ、多くの崇敬者を集めたという。

明治になると、稲荷神社として公認の神社となった(無格社)。

明治42年(1909)、神社合祀令に基づいて小金井神社に合祀された。しかし、合祀後も参詣者は絶えず、社殿と大門の間には大願成就の奉納鳥居が立てられた。特に大正から昭和初期が全盛で、遠く千葉や埼玉からも参詣者が訪れたという。

笠森稲荷神社千本鳥居
参道の奉納鳥居

地元に伝わる話では、昭和18年(1943)頃、社の入口に当たる土地は中野在住の人の所有であった。しかし、崇敬者の奉納した鳥居が何基もその土地を占有していたため、怒った所有者が車で鳥居を運び去ってしまったという。その後、その人は行方不明になったとか病気で亡くなったなどという噂が流れたが、真偽の程はわからないそうだ(『小金井風土記』による)。

昭和21年(1946)神社規則の改正により、旧社地に復座。今も地元の人によって大切に祀られている。

境内風景

笠森稲荷神社社頭

かつては「江戸道」と呼ばれた連雀通りの南側に石の鳥居と社号標が建ち、奥の境内へ参道が続いている。連雀通りを挟んだななめ向かいには関野天神社が鎮座している。

笠森稲荷神社参道

参道に建ち並ぶ赤い奉納鳥居。

笠森稲荷神社境内

笠森稲荷神社の境内。広場のような境内の西端に奉納鳥居が建ち並ぶ参道があり、その奥の先端部分に西向きの社殿が建つ。社殿が西向きなのは境内地が狭小だったためということなので、この参道と社殿周辺が元々の境内地なのであろう。

笠森稲荷神社神狐

参道の鳥居を潜った先に神狐。この先が元々の境内地だろう。右手に手水舎、正面に御神木の山桜、左手に授与所と本殿がある。

笠森稲荷神社神木の山桜

御神木の山桜。この外にも境内には多くの桜が植えられている。

笠森稲荷神社手水舎

手水舎。

笠森稲荷神社社殿

社殿。窮屈な感じだが、元は石の祠が祀られているだけだったという。神社明細帳には間口2尺5寸(約75cm)、奥行2尺(約60cm)、石垣6尺(約1.8m)四方とある。明治の初めの頃はまだ小さな祠だったのだろう。

笠森稲荷神社社殿

奥から見た社殿。

笠森稲荷神社社殿

社殿内部。内陣には石祠が奉安されている。石祠には「天保十一年庚子初午」と刻まれているという。これが元々祀られていたという石祠であろう。

笠森稲荷神社境内社

社殿の向かって左側に小さな稲荷の祠がある。附近の屋敷に祀られていた屋敷神であろうか。

笠森稲荷神社石神
笠森稲荷神社石神

境内には他にもいくつか稲荷の石塔がある。これらも附近の屋敷で祀られていたものだろう。

笠森稲荷神社鎮座百五十周年記念碑

鎮座百五十周年記念碑。表面には「正一位笠森稲荷大明神/鎮座百五十周年記念碑/昭和五十二年二月初午」、裏面には「依懇願移当御社神影/正一位稲荷大明神/嘉永五年十二月二十一日足日」とある。ただし、この碑が建てられた昭和52年(1977)は嘉永5年(1952)から125年目である。

メモ

連雀通りに参道入口があり、前を通ると建ち並ぶ赤い鳥居が目を引く。当社の存在を知ったのは連雀通りを挟んで斜め向かいにある関野天神社を参拝したときである。参拝すると、祭事や清掃等で氏子さんがいらっしゃるときに御朱印対応をしていただけるという掲示があったので、後日再度参拝した。参拝はコロナ禍最中の令和3年で、通常・月替わりの御朱印の他、疫病除けの御朱印も授与されていた。親切な対応をしていただき、いろいろなお話をうかがって、神社が大切に守られていることを実感した。

笠森稲荷神社の概要

名称 稲荷神社
通称 笠森稲荷神社
旧称 竹松神社
御祭神 倉稲魂命〔うかのみたまのみこと〕
鎮座地 東京都小金井市東町一丁目40番13号
創建年代 元文元年(1736)
延喜式 延喜式神名帳
例祭 9日15月
神事・行事 2月初午/初午祭

交通アクセス

□西武多摩川線「新小金井駅」より徒歩約3分。

参考資料

・『笠森稲荷神社由緒記』
・『神社明細帳・8・北多摩郡』(東京都公文書館)
・『小金井風土記』芳須緑(小金井新聞社)
・『続小金井風土記』芳須緑(小金井新聞社)

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