金王八幡宮

金王八幡宮

正式名称 金王八幡宮〔こんのうはちまんぐう〕
御祭神 応神天皇
社格等 旧郷社
鎮座地 東京都渋谷区渋谷3-5-12 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.geocities.jp/ynycr674/

【由緒概要】
社伝によれば、寛治6年(1092)源義家が秩父の妙見山に納められた月旗を請い受け、当地に八幡宮を勧請したことに始まるという。江戸八所八幡宮に数えられ、勇将・渋谷金王丸ゆかりの神社であることから金王八幡宮と称する。現在の社殿は慶長17年(1612)春日局と青山忠俊によって建立されたものである。

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金王八幡宮の御朱印

  • 金王八幡宮の御朱印

    (1)

  • 金王八幡宮の御朱印

    (2)

(1)平成17年拝受の御朱印。中央の朱印は「金王八幡神社」、左下の印は「金王八幡宮社務所」。

(2)平成22年拝受の御朱印。朱印・揮毫ともに平成17年のものと同じ。

金王八幡宮について

名称 金王八幡宮
旧称 八幡神社 渋谷八幡宮 金王八幡神社
御祭神 応神天皇〔おうじんてんのう〕
鎮座地 東京都渋谷区渋谷三丁目5番12号
創建年代 寛治6年(1092)正月15日
社格等 旧郷社
例祭 9月14日
※9月14日以降の土・日曜日に神賑行事
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月3日/節分祭
2月初午/初午祭
2月27日/祈年祭
3月最終土曜日/金王丸祭・金王桜まつり
6月30日/夏越大祓
11月一の酉/御嶽祭
2月23日/新嘗祭
12月31日/大祓
文化財 〈国宝〉文化財の名前)〈重文〉文化財の名前
巡拝 七福神など

御由緒

渋谷・青山地区(旧中渋谷村・中豊沢村・青山)の総鎮守。旧別当は天台宗の渋谷山東福寺。富岡八幡宮・大宮八幡宮などとともに江戸八所八幡宮の一に数えられる。

秩父別当平武基は源頼信に従い、平忠常の乱平定に功を立てた。この時、八旒の軍旗のうち日月の二旒を拝領し、秩父妙見山(武甲山)に納めて八幡宮と崇め奉ったという。

武基の子・武綱とその嫡子・重家は後三年の役に際し、源義家に従って軍功を上げた。その功により、武蔵国谷盛庄と河崎土佐守基家の名を賜ったという。また義家は、後三年の役での勝利は基家の報ずる八幡神の加護であるとし、妙見山の月旗を奉じて当地に八幡宮を勧請した。これが当社の創祀であるという。

元家の子・重家は堀河天皇より渋谷の性を賜り、八幡宮を中心として館を構えた。これが渋谷城であり、渋谷氏は当社を氏族の鎮守として代々尊崇したという。

重家には子がなかったため、夫婦で当社に祈願したところ、妻の胎内に金剛夜叉明王が宿る霊夢を見た。そして男の子を授かったので、金剛夜叉明王の上下の二字をいただいて金王丸と名付けた。金王丸は源義朝に従って軍功を上げ、義朝が平治の乱に敗れた後は、渋谷で剃髪して土佐坊昌俊と称し、義朝の菩提を弔ったという。また、壇の浦の戦いの後、源頼朝の命を受け、百騎ばかりの手勢を率いて源義経の館に討ち入り、討ち死にしたという。

当社はもともと八幡宮・渋谷八幡宮と称していたが、金王丸の勇名に因み、金王八幡宮と称するようになったという。境内には金王丸の像を祀る金王丸御影堂がある。

現在の社殿は慶長17年(1612)春日局と青山忠俊の寄進によって造営されたものである。二代将軍・秀忠の息子には竹千代(後の家光)と国松(後の忠長)がいたが、家光が9歳の頃、秀忠や母・江が溺愛していたことから三代将軍は国松であろうという風説が立った。家光の乳母・春日局と守り役・青山忠俊はこれを憂い、忠俊は氏神として信仰していた金王八幡宮に祈願するとともに、春日局も護摩料金80両を寄進した。

その後、家光の具足始めの儀が行われることとなり、世継ぎとなることが確定したことから、奉賽として忠俊が材木を、春日局が金百両を寄進して社殿が造営された。朱塗りに極彩色の権現造で、渋谷区の有形文化財に指定されている。

明治5年(1872)村社に列格、明治16年(1883)郷社に昇格。

拝殿脇には江戸三名桜に数えられた金王桜がある。源頼朝が奥州討伐の帰途、渋谷高重の館に立ち寄り、金王丸の誠忠を偲び、その名を後世に残すため、鎌倉亀ヶ谷にあった憂忘桜を移植し、金王桜と名付けたという。代々実生により植え継がれて現代に至り、渋谷区の天然記念物に指定されている。

写真帖

  • 一の鳥居

    一の鳥居

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 金王丸御影堂

    金王丸御影堂

  • 神輿

    神輿(鎌倉時代制作)

  • 境内社

    御嶽神社・玉造稲荷神社

  • 金王桜

    金王桜

  • 拝殿

    拝殿

メモ

渋谷駅からほど近く、六本木通りから少し南に入ったところに鎮座する。神門(赤門)も江戸時代の建築で、渋谷区の文化財に指定されている。正面の拝殿も朱塗りの豪華な建築で、向拝の左右に配された貘と虎の彫刻が印象的である。貘は世の安寧、虎は正しい政治(まつりごと)を表すという。
神門から右に進むと金王丸御影堂があり、その手前には宝物館がある。中央に飾られた神輿は鎌倉時代のもので、江戸時代の始め、金王八幡宮の氏子であった青山百人組の人たちが鎌倉八幡宮の祭礼に参詣した際、当時の鎌倉七神輿の一つであった八幡宮の神輿を担ぎ出し、そのまま持ってきてしまったものと伝えられている。


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