鳩森八幡神社

鳩森八幡神社

正式名称 八幡神社〔はちまんじんじゃ〕
通称 鳩森八幡神社〔はとのもりはちまんじんじゃ〕
御祭神 応神天皇 神功皇后
社格等 旧村社
鎮座地 東京都渋谷区千駄ヶ谷1-1-24 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.hatonomori-shrine.or.jp/

【由緒概要】
貞観2年(860)慈覚大師が東国を巡錫していたとき、鳩森と呼ばれた当地の祠に祀る御神体を請われた。大師は山城国の鳩ヶ峰(男山)に宇佐八幡宮を勧請した故事に倣って神功皇后・応神天皇・春日明神などの神像を祀り、正八幡宮として崇めたという。境内の富士塚(千駄ヶ谷富士)は現存する都内最古の富士塚とされ、都の有形民俗文化財に指定されている。

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鳩森八幡神社の御朱印

  • 鳩森八幡神社の御朱印

    (1)

  • 鳩森八幡神社の御朱印

    (2)

  • 鳩森八幡神社富士塚の御朱印

    (3)

(1)平成17年拝受の御朱印。中央の朱印は「鳩之森八幡神社之印」、左下は「鳩森八幡神社之印」。

(2)平成26年拝受の御朱印。朱印・揮毫ともに平成17年のものと同じ。

(3)冨士浅間神社(千駄ヶ谷富士)の御朱印、平成26年拝受。朱印は二つとも「冨士浅間神社之印」。

鳩森八幡神社について

名称 八幡神社
通称 鳩森八幡神社
旧称 千駄ヶ谷八幡宮
御祭神 応神天皇〔おうじんてんのう〕
神功皇后〔じんぐうこうごう〕
〈配祀〉
春日大神〔かすがのおおかみ〕
諏訪大神〔すわのおおかみ〕
鎮座地 東京都渋谷区千駄ヶ谷一丁目1号24番
創建年代 貞観2年(860)
社格等 旧村社
例祭 9月15日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
1月5日/将棋堂祈願祭
2月3日/節分祭
4月15日/甲賀稲荷社大祭
5月/鳩森薪能
6月3日/冨士浅間社例大祭
6月30日/夏越の大祓
7月30日/大山15世名人記念将棋大会
10月21日/戦歿者慰霊祭
11月27日/新嘗祭
12月30日/年越の大祓
文化財 〈都有形民俗文化財〉千駄ヶ谷の富士塚

御由緒

『江戸名所図会』によると、その昔、この地の深い森に時として瑞雲が現れることがあった。またある時、青空から白気が降って雲上に散じた。村人が不思議に思ってその林に行くと、忽然として数多の白鳩が西方へ飛び去った。この霊瑞を称して小祠を建て、鳩森と名付けたという。

貞観2年(860)慈覚大師円仁が関東を巡錫した折、村人たちが鳩森の御神体を請い求めた。大師は宇佐八幡宮を山城国の鳩ヶ峰(男山、石清水八幡宮のこと)に勧請した故事に倣い、神功皇后・応神天皇・春日明神などの神像を奉安し、正八幡宮として尊崇した。

この地を領した渋谷金王丸は、ある時、大軍と対峙して危難に陥った。そこで暫く鳩森八幡に祈念すると、たちまち戦況が変わって無事に陣へ帰ることができた。

その夜、金王丸は神威に感謝するとともに翌日の戦勝を祈願するため、鳩森八幡に参って神前で九拝した。すると夜更けにもかかわらず社殿がにわかに震動し、神馬がいななき蹄の音が響いた。金王丸は祈願に感応があったことを知り、明日の勝利は間違いないと喜んで陣に帰ろうとすると、鳥居の内に何かがあった。燈火を掲げてみると一節の箭だった。これこそ八幡神の授け給うたものであると謹んで持ち帰った。果たして翌日の戦ではこの神箭により大勝利を得た。

その後、金王丸は武功によって渋谷七ヶ荘を管領するようになったため、奉賽として守り本尊である恵心僧都作の阿弥陀如来を奉納し、本地仏として祀ったという。

江戸時代には朱印地8石8斗を賜る。別当は曹洞宗の高雲山瑞円寺(千駄ヶ谷2)であった。

弘化2年(1845)上棟の旧社殿は欅造りの荘厳なものであったが、昭和20年(1945)の空襲で焼失した。戦後、昭和23年(1948)から復興事業を重ね、昭和56年(1981)完成した。復興に際しては、同じく空襲で社殿が焼失した摂社の諏訪神社と末社の甲賀稲荷神社を本殿に合祀した。

平成2年(1990)御大典を記念して社殿をかつての姿に復元することとなり、平成5年(1993)総欅造りの現社殿が落成した。

境内の千駄ヶ谷富士は高さ約6m。寛政元年(1789)の築造で、現存する富士塚としては都内最古。都の有形民俗文化財に指定されている。頂上には末社の冨士浅間神社が祀られている。

末社の甲賀稲荷神社は青山権田原の御鉄砲場近くに鎮座し、甲賀組組屋敷の武士たちに崇敬されていたという。明治18年(1885)青山練兵場設置のため当社境内に末社として遷座。先の大戦の空襲で社殿が焼失したため本殿に合祀されていたが、復興を望む崇敬者の声により昭和45年(1970)欅造りの社殿が完成し、遷座した。

同じく末社の神明社は明治41年(1908)権田原の天祖神社を遷し祀ったものである。

将棋堂には昭和61年(1986)日本将棋連盟(当時の会長は大山康晴十五世名人)が奉納した高さ1.2mの大駒が安置されている。将棋の技術向上を願う人の守護神として、また将棋界の発展を願うもので、堂内には八幡神が祀られている。1月には将棋堂祈願祭、7月には将棋大会が行われている。

写真帖

  • 鳥居

    正面参道の鳥居

  • 富士塚

    富士塚(千駄ヶ谷富士)

  • 能楽殿

    能楽殿

  • 将棋堂

    将棋堂

  • 神明社

    末社 神明社

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

明治神宮と神宮外苑に挟まれた千駄ヶ谷に鎮座する。JR千駄ヶ谷駅からは徒歩5分ほど、東京体育館や国立能楽堂にも近く、周囲は車も人通りも多いが、境内は緑が多く、昔ながらの神域の佇まいを残している。富士塚や能楽堂など見所も多い。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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