久我山村の鎮守で、創建年代や歴史については不詳。明治40年(1907)村内の天祖神社を合祀した。7月の夏祭りでは「湯の花神事」が行われる。昔、疫病が流行ったときに「湯の花をもって村人の罪穢れを祓え」という託宣により始まり、日清戦争の時に一度中断したがその後再開され、現在まで続いているという。
正式名称 | 稲荷神社〔いなりじんじゃ〕 |
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通称 | 久我山稲荷神社〔くがやま いなりじんじゃ〕 |
御祭神 | 受持命 〈相殿〉大日孁貴神 |
社格等 | 旧村社 |
鎮座地 | 東京都杉並区久我山3-37-14 [Mapion|googlemap] |
公式サイト | http://www.shimotakaido.org/hachiman/kugayama/ |
杉並区の神社
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御朱印
平成23年拝受の御朱印。朱印は「稲荷神社」。
御由緒
久ヶ山村の鎮守。旧別当は久盛山光明寺(廃寺)であった。
創建については不詳だが、昭和15年(1940)の『東京市杉並区勢概要』には「創立由緒ともに不詳なるも今より約二百余年前の創建と伝ふ」とある。明治40年(1907)字北原にあった天祖神社を合祀した。昭和16年(1941)村社に昇格する。
7月24日の夏祭りには湯の花神事(湯立て神楽)が奉納される。これは境内に大釜を据えて湯を沸かし、小笹を浸して打ち振り、神楽を奉納する。これを浴びた者は1年間病知らずという。昔、当地に疫病が流行したとき、「湯の花をもって村人の罪穢れを祓え」という神託があった。そこで湯立て神事を行って神楽を奉納すると、たちまち疫病が治まった。日清戦争の際に一度中断したが、疫病が流行したため再開され、その後は一度も中断することなく続いているという。
写真帖
メモ
久我山駅の近く、神田川沿いの高台に鎮座する。周囲は住宅地になっている。
境内には神楽殿が二つある。木造の風格漂う「舞殿」と二階建ての「囃子堂」で、囃子堂の1階は額殿になっているらしい。また、「人心同」の碑は李氏朝鮮末期の改革派政治家・金玉均の手跡を刻んだもので、明治32年(1899)氏子によって奉納されたという。
御朱印は下高井戸八幡神社でいただくことができる。
久我山稲荷神社の概要
名称 | 稲荷神社 |
---|---|
通称 | 久我山稲荷神社 |
御祭神 | 受持命〔うけもちのみこと〕 〈相殿〉 大日孁貴神〔おおひるめのむちのかみ〕 |
鎮座地 | 東京都杉並区久我山三丁目37番14号 |
創建年代 | 不詳 |
社格等 | 旧村社 |
例祭 | 10月第1日曜日 |
神事・行事 | 7月24日/夏祭り(湯の花神事) |
交通アクセス
□京王井の頭線「久我山駅」より徒歩約3分
東都神社御朱印集
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