八王子七福神

宗格院地蔵堂

宗格院

八王子七福神は、昭和56年(1981)に開創された比較的新しい七福神霊場である。縁起のよい末広がりの「八」と八王子の「八」に因み、吉祥天を含む八尊を巡拝する。

■本立寺:毘沙門天
■伝法院:恵比寿天
■金剛院:福禄寿
■信松院:布袋尊
■善龍寺:走大黒天
■了法寺:新護弁財天
■宗格院:寿老尊
■吉祥院:吉祥天

以上の8ヶ寺で構成される。多摩地域を代表する七福神霊場の一つとして多くの参拝者が訪れているようだ。

目次

八王子七福神について

八王子七福神が開創された昭和50年代は都心部で七福神霊場の再興や創設が相次いでおり、七福神めぐりがブームになっていたようだ。前年には青梅七福神も開創されており、そういう背景の中で開創されたのであろう。

開創当初の札所は現在とは少し違っており、下記の7ヶ寺で構成されていた。

■毘沙門堂:毘沙門天
■伝法院:恵比寿天
■金剛院:福禄寿・寿老尊
■信松院:布袋尊
■善龍寺:走大黒天
■了法寺:新護弁財天
■吉祥院:吉祥天

その後、平成19年(2007)に毘沙門天が本立寺に、平成21年(2001)寿老尊が宗格院に遷されて現在のような形になった。

八王子七福神公式めぐりサイト

巡拝情報

巡拝期間は1月1日から10日までで、この期間は七福神の尊像の御開帳がされ、色紙へ押印していただくことができる。色紙は年毎に宝船の色が変わり、7年7色集めると成満記念として金の色紙が授与される。受付時間は午前9時から午後5時。

巡拝期間以外も御朱印拝受は可能で、午前9時から午後4時30分までの対応。ただし、寺院によっては七福神の尊像の拝観ができない。また御朱印の対応ができない場合もあるとのこと。

巡拝コースは特に決められていないが、奉安寺院がほぼ東西に並んでいるため、本立寺から西に向かうか、吉祥院から東に向かうのが一般的である。距離は約6km、歩いて約2時間のコースだが、御朱印の待ち時間等により違ってくるので注意が必要。

本立寺(毘沙門天)

本立寺毘沙門天

■長光山 本立寺
御本尊:三宝尊
札所本尊:毘沙門天
創建年代:永禄9年(1566)
開山:本立院日建上人
宗派:日蓮宗
所在地:東京都八王子市上野町11-1 [Mapion|googlemap]
公式サイト:http://www.honryuji.com/

略縁起

本立寺本堂

本立寺は戦国時代の永禄9年(1566)滝山城下に開創されたと伝えられる。元は真言寺院だったが、身延山久遠寺第17世の慈雲院日新上人と法論をした住職が本立院日建と名を改め、寺ごと日蓮宗に改宗したという。その後、八王子城の築城に伴って八王子城下へ移り、さらに慶長元年(1596)日建を開山、千人頭原胤敦を開基として現在地に移転・再興した。

江戸時代は身延山の宿院とされ、徳川将軍より朱印地12石を賜った。日蓮聖人の像は「開運延寿祖師」と呼ばれ、六老僧の一人・日昭上人の作と伝えられる。現在の本堂は昭和28年(1953)の再建である。

本立寺毘沙門天

毘沙門天は、本堂の前に安置されていた。通常、毘沙門天の像は宝棒や三叉戟を持っていることが多いが、当時の毘沙門天は長刀を持った珍しい姿をしている。

御朱印

本立寺八王子七福神毘沙門天の御朱印

平成24年拝受の御朱印。中央の朱印は「開運勝利」ではないかと思われる。右上の印は「毘沙門天」、左上は「八王子七福神」、左下は「八王子本立寺」。

アクセス

□伝法院(恵比寿天)より徒歩約5分
□金剛院(福禄寿)より徒歩約3分

□JR中央線「八王子駅」より徒歩約10分
□京王線「京王八王子駅」より徒歩約15分

傳法院(恵比寿天)

伝法院恵比寿天

■成田山 傳法院
御本尊:不動明王
札所本尊:恵比寿天
創建年代:慶応元年(1865)
開山:不詳
宗派:真言宗智山派
所在地:東京都八王子市南新町4 [Mapion|googlemap]
公式サイト:https://denpoin.com/

略縁起

伝法院門前

傳法院は、宝暦年間(1751~64)島之坊宿(現在の日吉町)に開創され、慶応元年(1865)八日市宿(現在の八日町・南新町)に移転して本堂を建立、成田山の遙拝所としたことに始まる。明治24年(1891)真言宗醍醐派の末寺となった。

明治30年(1897)の八王子大火で本堂・庫裏が焼失、現在地に移転した。昭和20年(1945)の空襲で再び全焼し、現在の本堂は昭和25年(1950)の再建である。昭和35年(1960)醍醐派から智山派に転派、昭和48年(1973)成田山八王子分院の認可を受けて現在に至る。

伝法院恵比寿神社

恵比寿天は、境内の恵比寿神社に大黒天と並んで祀られている。

御朱印

伝法院八王子七福神恵比寿天の御朱印

平成24年拝受の御朱印。中央の朱印は丸に蔓柏の神紋。右上の印は「恵比寿天」、左上は「八王子七福神」、左下は「成田山傳法院」。

アクセス

□本立寺(毘沙門天)より徒歩約5分
□金剛院(福禄寿)より徒歩約5分

□JR中央線「八王子駅」より徒歩約10分
□京王線「京王八王子駅」より徒歩約14分

金剛院(福禄寿)

金剛院福禄寿

 

■慈高山 金剛院
御本尊:不動明王
札所本尊:福禄寿
創建年代:天正4年(1576)
開山:真清
宗派:高野山真言宗 別格本山
所在地:東京都八王子市上野町39-2 [Mapion|googlemap]
公式サイト:http://www.kongoin.or.jp/

略縁起

金剛院

金剛院は、天正4年(1576)僧真清により建立された不動堂を起源とする。当時は明王院と称し、現在よりやや南方にあったと伝えられる。寛永8年(1631)第3世覚常が現在地に伽藍を建立、真清を追崇して開山とした。

かつては本堂をはじめ観音堂、鐘楼、土蔵、鎮守稲荷社、馬屋、表門、長屋門、裏門、天満宮(現在の天満神社)などの諸堂が並んでいたが、昭和20年の空襲で灰燼に帰した。戦後、檀信徒の協力により大本堂や書院を再建、平成4年(1992)別格本山の認可を受けた。

湯島霊雲寺の新安流を中心に安祥寺流・中院流・御流(仁和寺)・三宝院流(醍醐寺)など真言諸流の典籍が所蔵するほか、東京都有形文化財の「紙本著色高野山図絵」など寺宝も多い。

金剛院福禄寿

福禄寿は本堂内で開帳されていた。平成20年(2008)までは寿老尊も一緒に祀っていたようだ。なお、現在は境内に建立された福聚堂に祀られているようである。

御朱印

金剛院八王子七福神福禄寿の御朱印

平成24年拝受の御朱印。中央上の朱印は「開運招福」、下は「福」。右上の印は「八王子七福神」、左上は「福禄寿」、左下は「慈高山 金剛院」。

アクセス

□伝法院(恵比寿天)より徒歩約5分
□本立寺(毘沙門天)より徒歩約3分
□信松院(布袋尊)より徒歩約8分

□JR中央線「八王子駅」より徒歩約15分
□京王線「京王八王子駅」より徒歩約20分

信松院(布袋尊)

信松院布袋尊

■金龍山 信松院
御本尊:釈迦牟尼仏
札所本尊:布袋尊
創建年代:天正18年(1590)
開山:随翁舜悦(仏国普照禅師)/開基:信松尼(武田信玄四女・松姫)
宗派:曹洞宗
所在地:東京都八王子市台町3-18-28 [Mapion|googlemap]
公式サイト:http://shinshouin.or.jp/

略縁起

信松院

信松院は、松姫尼公(信松尼)が八王子御所水の里に結んだ草庵を起源とする。

松姫は永禄4年(1561)武田信玄の四女として誕生した。7歳の時、織田信長の嫡男・信忠と婚約した。しかし元亀3年(1572)三方原の合戦で信玄が徳川家康と戦ったとき、信長が家康に援軍を送ったために婚約は破棄された。さらに天正10年(1582)織田・徳川の連合軍により武田家は滅亡、松姫は武蔵国横山宿の恩方村に落ち延びた。

やがて当地の名刹・心源院の卜山和尚(随翁舜悦、勅賜仏国普照禅師)に帰依し、剃髪して信松禅尼と称した。天正18年(1590)御所水の里に庵を結び、一族の菩提を弔うかたわら、村人に機織りの技術を伝えたり、子どもたちに手習いを教えた。これを聞いた徳川家康は月俸を与え、時に使いを送って消息を尋ねたと伝えられる。

元和2年(1616)松姫は波乱の生涯を閉じる。法名は信松院殿月峰永琴大禅定尼。臨終に際して居宅を寄進、卜山和尚を開山として寺とした。当初は仏頂山と号したが、後に金龍山と改めたという。

信松院布袋尊

布袋尊は本堂の地下に安置されている。

御朱印

信松院八王子七福神布袋尊の御朱印

平成24年拝受の御朱印。中央の朱印は火焔宝珠に弥勒菩薩の種字「ユ」。布袋和尚が弥勒菩薩の化身とされていることによると思われる。右上の印は「布袋尊」、左上は「八王子七福神」、左下は「金龍山 信松院」。

アクセス

□金剛院(福禄寿)より徒歩約8分
□善龍寺(走大黒天)より徒歩約8分

□JR中央線「西八王子駅」より徒歩約12分
□JR中央線「八王子駅」より徒歩約18分

善龍寺(走大黒天)

善龍寺走大黒天

■興栄山 善龍寺
御本尊:三宝尊
札所本尊:走大黒天
創建年代:長享元年(1487)
開山:本妙院日英上人
宗派:日蓮宗
所在地:東京都八王子市元本郷町1-1-9 [Mapion|googlemap]
公式サイト:https://zenryu-ji.jp/

略縁起

善龍寺本堂

善龍寺は、室町時代の長享元年(1487)創建と伝えられる古刹である。

池上本門寺・比企谷妙本寺(鎌倉)両山の第8世・大運阿闍梨日調上人が武蔵国を巡錫中、滝山城下の真言寺院の住職と法論を行った。日調上人の学識と人徳に感服した住職は寺を日蓮宗に改宗、本妙院日英と名を改めて開山となった。また山号を妙本寺の長興山と本門寺の長栄山から一字ずつ採って興栄山善龍寺と号したという。

八王子城の築城によりその城下町(元八王子)に移転。天正18年(1590)豊臣秀吉の軍勢によって八王子城が落城すると当寺も荒廃し、翌天正19年(1591)中興開山の仏乗院日惺上人により本郷村の現在地に再興された。江戸時代には国定忠治の一の子分・清水のガン鉄が寺男として寄住していたこともあるという。

昭和20年の空襲で全焼するが、歴代住職の尽力により再興、現在のように寺観が整えられた。

善龍寺走大黒天

札所本尊の走大黒天は、本堂内に安置されている。この尊像は、元禄13年(1700)諸堂の再建に苦心していた当時の住職・円実院日真上人が感得したと伝えられる。米俵に乗って右足を前に出した御姿から「走大黒天」と名付けて一心に祈念したところ、無事に再建を果たすことができたという。「走り回って福を授ける」として信仰を集めている。

御朱印

善龍寺八王子七福神走大黒天の御朱印

平成24年拝受の御朱印。中央の朱印は「走大黒天」。右上の印は「大黒天」、左上は「八王子七福神」、左下は「興榮山 善龍寺」。

アクセス

□信松院(布袋尊)より徒歩約8分
□了法寺(弁財天)より徒歩約8分

□JR中央線「西八王子駅」より徒歩約15分
□JR中央線「八王子駅」より徒歩約20分、またはバス
■京王バス医療センター経由館ヶ丘団地行き「本郷横丁」下車徒歩4分

了法寺(弁財天)

了法寺弁財天

■松榮山 了法寺
御本尊:三宝尊
札所本尊:新護弁財天
創建年代:延徳元年(1489)
開山:啓運日澄上人
宗派:日蓮宗
所在地:東京都八王子市日吉町2-1 [Mapion|googlemap]
公式サイト:http://ryohoji.jp/

略縁起

了法寺本堂

了法寺は、延徳元年(1489)啓運日澄上人が隠棲のための寺として創建したと伝えられる。延徳2年(1490)改めて元八王子に開かれたが、天正18年(1590)久保宿(現・日吉町)の現在地に移転した。

了法寺萌え看板

平成21年(2009)境内入口に萌え系美少女のイラストが描かれた看板が設置されたことから「萌え寺」と呼ばれるようになり、メディアにも取り上げられた。声優・イラストレーターのとろ美氏の作品。最初、イラストを見た住職はかなりの抵抗を覚えたが、相談した家族や檀家の反対はなく、最後は神意を伺うためにお神籤を引き、「大吉」が出たために無事設置されたという。

了法寺弁財天

新護弁財天は、普段は本堂内に祀られているようだが、巡拝期間中は本堂の前で開帳されていた。中央は剣と宝珠を持つ弁財天、右は源頼朝、左は十五童子とされる。

了法寺弁財天御前立

本堂前には新護弁財天御前立の石像(レリーフ)が祀られている。龍の姿があるのは、源頼朝が江ノ島の御岩屋で戦勝祈願をしたときに金龍が現れ、消え去った後に黄金の鱗3枚が落ちていたという伝承によるものだろう。巡拝期間以外はこちらに参拝するのではないかと思われる。

御朱印

了法寺八王子七福神弁財天の御朱印

平成24年拝受の御朱印。中央の朱印は対い波に三つ鱗の神紋。右上の印は「弁財天」、左上は「八王子七福神」、左下は「松榮山 了法寺」。

アクセス

□善龍寺(走大黒天)より徒歩約8分
□宗格院(寿老尊)より徒歩約8分

□JR中央線「西八王子駅」より徒歩約7分

宗格院(寿老尊)

宗格院寿老尊

■良价山 宗格院
御本尊:聖観世音菩薩
札所本尊:寿老尊
創建年代:文禄2年(1593)
開山:价州良天和尚
宗派:曹洞宗
所在地:東京都八王子市千人町2-14-18 [Mapion|googlemap]

略縁起

宗格院本堂

宗格院は、八王子千人同心の千人頭・山本土佐忠玄の子・价州良天和尚によって開創された。開基は良天和尚の兄・山本忠房。

山本忠玄は武田家の家臣であった。山本家は代々甲斐国恵林寺(山梨県甲州市、臨済宗)の檀越で、良天も幼少時から同寺に入って修行していたという。天正10年(1582)武田家が滅亡した後、父・忠玄と兄・忠房が徳川家に召し出され、千人頭として八王子へ移り住むことになったため、良天もこれに従って当地に移った。

文禄年間(1593~96)父の菩提を弔うために庵を建立、父の法名に因んで宗格庵と号した。当初は臨済宗の庵室だったが、享保年間(1716~36)上椚田村興福寺(現・東浅川町、曹洞宗)の住職・永雲和尚の願によって一寺となし、曹洞宗に改めて良价山宗格院と号したという。

境内には大久保長安が築いた「石見土手」の一部が残っている(八王子市指定文化財)。また千人同心組頭で儒学者の松本斗機蔵の墓は東京都の旧跡に指定されている。

宗格院寿老尊

宗格院が八王子七福神に加わったのは平成21年(2009)のこと。寿老尊は境内の地蔵堂で開帳されていた。

御朱印

宗格院八王子七福神寿老尊の御朱印

平成24年拝受の御朱印。中央の朱印は「壽」。右上の印は「壽老尊」、左上は「八王子七福神」、左下は「千人町 良价山 宗格院」。

アクセス

□了法寺(弁財天)より徒歩約8分
□吉祥院(吉祥天)より徒歩約12分

□JR中央線「西八王子駅」より徒歩約7分

吉祥院(吉祥天)

吉祥院吉祥天

■一乗山 久松寺 吉祥院
御本尊:大日如来
札所本尊:吉祥天
創建年代:応永年間(1394~1428)
開基:頼源法印/開山:賢盛法印
宗派:真言宗智山派
所在地:東京都八王子市長房町58-3 [Mapion|googlemap]

略縁起

吉祥院本堂

吉祥院は、応永年間(1394~1428)頼源坊の開基、法印賢盛の開山と伝えられる。慶長7年(1602)宝樹房行盛が中興した。

元は久保宿(現在の日吉町)にあり、二十三夜の寺として信仰を集めたという。昭和20年(1945)の空襲で伽藍が焼失したため、昭和30年(1955)長房町の現在地に移転。以来、境内の整備を進め、昭和46年(1971)には現在の本堂が落成した。

吉祥院吉祥天

吉祥天は本堂側面の拝所の厨子に祀られている。手前の扉は閉め切られているが、厨子の中の尊像から善の綱が結ばれている。

吉祥院吉祥天

その近くに吉祥天と毘沙門天、善膩師童子の石像が安置され、八王子七福神の幟と「八王子七福神 福徳吉祥天女」の標識が立っている。こちらの方が目立つため、多くの人はこちらに参拝しているようだ。

御朱印

吉祥院八王子七福神吉祥天の御朱印

平成24年拝受の御朱印。中央の朱印は蓮華座上の宝珠に吉祥天の種字「シリー」。右上の印は「吉祥天」、左上は「八王子七福神」、左下は「一乗山 吉祥院」。

アクセス

□宗格院(寿老尊)より徒歩約12分

□JR中央線「西八王子駅」より徒歩約15分

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