PR

薬王山 善養寺

善養寺閻魔像

善養寺は、天長年間(824~34)慈覚大師円仁が上野山内に開創したと伝えられる。寛文年間(1661~72)下谷坂本(現・台東区上野公園)に移転した。さらに明治45年(1912)境内が鉄道用地にかかったため、北豊島郡巣鴨村(現・豊島区西巣鴨)の現在地に移転した。

名称 薬王山 延寿院 善養寺
御本尊 薬師如来
札所本尊 閻魔大王
所在地 東京都豊島区西巣鴨4-8-25 [Mapion|googlemap]
最寄り駅 西巣鴨(都営三田線)
西ヶ原四丁目(都電荒川線)
バス停:新庚申塚
スポンサーリンク

縁起・沿革

善養寺は薬王山延寿院と号し、薬師如来を本尊とする。江戸時代には下谷坂本(現在の台東区上野公園、旧・下谷区善養寺町)にあった。

『江戸名所図会』には「当寺本尊の薬師如来は小野照崎大明神の本地仏であり、小野照崎大明神の社は離れた場所にあるが、当寺薬師堂に相対している」という寺僧の話がある。

寺伝によれば、天長年間(824~34)慈覚大師円仁によって上野山内に開創されたという。寛文年間(1661~72)下谷坂本に移転した。さらに明治45年(1912)境内が鉄道用地にかかることになったため、北豊島郡巣鴨村大字巣鴨字庚申塚(現・豊島区西巣鴨)の現在地に移った。

閻魔大王の像は丈六の坐像(約3m)で、本堂に祀られている。豊島区の登録有形文化財。下谷坂本にあった頃は、閻魔堂に安置されていたようだ。

『江戸名所図会』には運慶の作とあるが、何度も火災に遭っているため、現存の閻魔像が運慶の作というわけではないだろうという。

『御府内備考』にはこの像を当寺で祀るようになった経緯を記していないが、『江戸名所図会』には、「ある人が言うには、当寺の閻魔王の像は下野国の足利学校にあった聖像だったが、故あって後世ここに移した」とある。

その他、境内には江戸時代中期の絵師・陶工の尾形乾山の墓、寛永6年(1629)の石灯籠、延宝8年(1680)の駒形庚申塔、天明8年(1788)の宝篋印塔などがある。

納経(御朱印)

  • 善養寺の御朱印

平成22年拝受の御朱印。中央の文字は「閻魔大王」だが、朱印は本尊である薬師如来の種字「ベイ」。右下の印は「閻魔の宝印」、左下は「善養寺印」。

写真帖

  • 本堂

    本堂

  • 駒形庚申塔

    駒形庚申塔

メモ

西巣鴨駅の近く、いくつかの寺院が建ち並んで寺町を形成している一角にある。いずれも明治~大正の頃、旧江戸市中から移転してきた寺院で、特に正法院(天台宗、下谷神社の旧別当)・良感寺(浄土宗)・盛雲寺(浄土宗)は同じ下谷から移転してきた寺院である。隣にはお岩さんのお墓があることで有名な妙行寺(法華宗)がある。
表通りから少し離れていることもあり、落ち着いたたたずまいの境内である。木造の本堂を覗くと、正面に大きな閻魔大王の像、その脇の厨子に閻魔の本地仏である地蔵菩薩が祀られている。

善養寺の概要

山号 薬王山〔やくおうざん〕
寺号 善養寺〔ぜんようじ〕
院号 延寿院〔えんじゅいん〕
御本尊 薬師如来
札所本尊 閻魔大王
所在地 東京都豊島区西巣鴨四丁目8番25号
創建年代 伝・天長年間(824~34)
開山 慈覚大師円仁
宗派等 天台宗
巡拝 江戸三大閻魔

交通アクセス

□西巣鴨駅(都営三田線)より徒歩4分
□西ヶ原四丁目(都電荒川線)より徒歩2分

タイトルとURLをコピーしました