護王神社

護王神社

護王神社は、和気清麻呂公とその姉・和気広虫を祀る。元は高雄山神護寺境内に祀られ、護法善神と呼ばれていたが、孝明天皇より正一位護王大明神の神階神号を賜った。明治7年(1874)社号を護王神社と改めて別格官幣社に列し、明治19年(1886)現社地に遷座した。

正式名称 護王神社〔ごおうじんじゃ〕
御祭神 和気清麻呂公命 和気広虫姫命 〈相殿〉藤原百川公命 路豊永卿命
社格等 旧別格官幣社 別表神社
鎮座地 京都市上京区桜鶴円町385 [Mapion|googlemap]
最寄り駅 丸太町(市営地下鉄)
バス停:烏丸下長者町
公式サイト http://www.gooujinja.or.jp/
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御朱印

  • 護王神社の御朱印

    (1)

  • 護王神社の御朱印

    (2)

(1)平成18年拝受の御朱印。中央の朱印は白抜きで「護王神社」、右上の印は「我獨慙天地(我、独り天地に慙〔は〕ず)」。右上の揮毫は「和氣公綜社」。

(2)平成23年拝受の御朱印。朱印・揮毫ともに平成18年拝受のものと同じ。

昔の御朱印

  • 護王神社の御朱印

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  • 護王神社の御朱印

    (2)

  • 護王神社の御朱印

    (3)

(1)大正末頃のものと思われる御朱印。中央上の朱印は「別格官幣護王神社」。右下は八稜鏡に「京都 護王神社 参拝記念」、左下は神使の猪。

(2)昭和7年頃の御朱印。中央の朱印は「別格官幣社護王神社」、右上に神使の猪。

(3)昭和10年代の御朱印。中央の朱印は「別格官幣社護王神社」。

御由緒

護王神社は、平安京遷都に貢献した和気清麻呂とその姉・和気広虫を祀る。もとは高尾山神護寺の境内に鎮守として祀られ、護法善神と称されていた。神護寺は和気清麻呂を開基としている。

嘉永4年(1851)孝明天皇より神階正一位と護王大明神の神号の宣下があった。さらに明治7年(1974)護王神社と改称し、別格官幣社に列した。同19年(1986)京都御所蛤御門前の現社地に遷座、この時、和気広虫・藤原百川・路豊永が配祀された。大正4年(1915)大正天皇の御大典に合わせ、和気広虫を主祭神に加え、現在に至る。

和気清麻呂は弓削道鏡による皇位簒奪の野望を挫いたことから勤王の忠臣として讃えられる。

当時、道鏡は称徳天皇の信任厚く、太政大臣禅師さらに法王となって権力を握るとともに、弟・弓削浄人ら一族のものを要職につけるなど専横を極めていた。

神護景雲3年(769)、太宰帥の弓削浄人と太宰主神の習宣阿曽麻呂が「道鏡を皇位に就けると天下が太平になる」という宇佐八幡宮の神託を奏上した。天皇の勅使として法均尼(和気広虫)が宇佐に派遣されることになったが、病弱のため、弟の清麻呂が遣わされた。清麻呂は「天の日継は必ず帝の氏を継がしめむ。無道の人は宜しく早く掃い除くべし」という神託を持ち帰ったため、怒った称徳天皇により別部穢麻呂と改名されて大隅に流された。

しかし、称徳天皇が崩御し、道鏡が失脚して下野に左遷されると、元の名前に戻って朝廷に復帰し、実務官僚として活躍した。桓武天皇の信任厚く、平安遷都や推理事業に携わった。

和気広虫は和気清麻呂の姉で、葛木連戸主に嫁ぎ、その没後、孝謙上皇に側近として仕えた。上皇とともに出家して法均と号す。清麻呂が宇佐八幡宮神託事件によって大隅に流されると、法均尼も還俗させられ、名を別部広虫売とされて備後に配流された。道鏡の失脚により都に戻り、名と官位も元に復した。

非常に慈悲深く、戦乱によって生じた孤児たちを養育したことが伝えられている。このことから子育て・保育の祖神、子育明神として信仰を集めている。

配祀の藤原百川は、道鏡政権の内部にありながら、大隅に流された和気清麻呂のために備後国の封郷20戸を割いて配所に送ったとされる。また路豊永は道鏡の師で、宇佐に向かう和気清麻呂に対し、自分は道鏡が皇位に就くことを容認しない旨を伝えたという。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 幸運の霊猪

    幸運の霊猪

  • 和気清麻呂公像

    和気清麻呂公像

  • 警察消防招魂社

    警察消防招魂社

  • 久邇宮家御霊殿

    久邇宮家御霊殿

  • 祖霊社

    祖霊社(近衛社)

  • 神使の猪

    神使の猪

  • 神使の猪

    神使の猪

  • 拝殿

    拝殿

  • 足萎難儀回復の碑

    足萎難儀回復の碑

  • 中門

    中門

  • 本殿

    本殿

見どころ

■幸運の霊猪
手水舎の吐水口は猪のブロンズ像で、鼻を撫でると幸せが訪れるということから「幸運の霊猪」と呼ばれている。

■足萎難儀回復の碑
和気清麻呂公は宇佐に向かう途中で猪の群れに助けられたとき、不思議に足萎が治ったということから、足腰の健康保持や怪我・病気の回復に霊験があるとして信仰を集めている。参拝者は足形の石の上に立ったり、碑を撫でたりして祈願するそうだ。

メモ

護王神社は「イノシシ神社」としても有名で、拝殿前には狛犬ならぬ雌雄の狛猪が建つ。手水舎の水の注ぎ口も猪で、全国から奉納された猪グッズも珍しい。これは、宇佐に向かう和気清麻呂が刺客に襲われた際、300頭もの猪が現れて護ったと伝えられることに因む。

護王神社の概要

名称 護王神社
御祭神 和気清麻呂公命〔わけのきよまろこうのみこと〕(護王大明神)
和気広虫姫命命〔わけのひろむしひめのみこと〕(子育明神)
〈相殿〉
藤原百川公命〔ふじわらのももかわこうのみこと〕
路豊永卿命〔みちのとよながきょうのみこと〕
鎮座地 京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385番地
創建年代 不詳
社格等 旧別格官幣社 別表神社
例祭 4月4日(護王大祭)
神事・行事 1月1日/歳旦祭
1月3日/元始祭
1月初旬/崇敬者安全隆昌祈願祭
2月3日/節分祭
2月11日/紀元祭
2月/祈年祭
3月3日/還暦祝寿祭
4月29日/昭和祭
5月4日/和気公霊廟祭
6月30日/夏越大祓式
9月22日/祖霊社(近衛社)例祭
11月1日/亥子祭・護王亥子会大祭
11月3日/御遷座祈年祭
11月/新嘗祭
12月28日/煤払祭
12月31日/年越大祓式・除夜祭

交通アクセス

□地下鉄烏丸線「丸太町駅」より徒歩7分
□JR・近鉄「京都駅」より地下鉄、もしくはバス
■市バス51系統「烏丸下長者町」下車すぐ


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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