江戸時代の御朱印– tag –
江戸時代の御朱印・納経を掲載
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四国八十八ヶ所
第58番 作礼山 仙遊寺 | 愛媛県今治市
寺伝によれば、天智天皇の勅願により越智守興が開創した。御本尊の千手観音は天智天皇の守護仏とされ、海から上がった龍女が一刀三礼して彫ったものと伝えられる。その後、阿房仙人が約40年にわたって修行し、諸堂を建立したが、養老2年(718)忽然と姿を... -
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第57番 府頭山 栄福寺 | 愛媛県今治市
江戸時代までは石清水八幡神社が札所で、栄福寺が別当として納経を司っていた。寺伝によれば弘仁年間(810~24)弘法大師が海上安全の為に海神供養の護摩を修し、海中より現れた阿弥陀如来を府頭山(八幡山)の頂上に祀ったという。貞観元年(859)行教上... -
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第56番 金輪山 泰山寺 | 愛媛県今治市
その昔、泰山寺のそばを流れる蒼社川は毎年氾濫して田畑を押し流し、亡くなる人も多かった。人々は悪霊の祟りと考え、人取川と呼んで恐れていた。当地を訪れた弘法大師は人々の難儀を哀れみ、人々を集めて堤防を築いた。そして七座の土砂加持を修したとこ... -
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第55番 別宮山 南光坊 | 愛媛県今治市
本来の55番札所は大三島に鎮座する大山祇神社であったが、参拝が不便であるため越智郡日吉村の地御前・別宮大山祇神社を前札所として札を納めるのが通例となり、後に事実上の札所となった。南光坊は大宝3年(703)伊予国一宮・大山祇神社の法楽所として建... -
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第54番 近見山 延命寺 | 愛媛県今治市
養老4年(720)聖武天皇の勅願により行基菩薩が近見山に開創したと伝えられる。弘仁年間(810~24)嵯峨天皇の勅願により弘法大師が再興し、円明寺と名付けたという。焼失と再建を繰り返し、享保12年(1727)山麓の現在地に移転再興された。明治になって郵... -
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第53番 須賀山 圓明寺 | 愛媛県松山市
天平年間(729~49)聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建したと伝えられている。元は和気西山にあり、海岸山円明寺と号した。後に弘法大師が伽藍を整備したという。以来、寺運は興隆したが、戦火により衰微。寛永10年(1633)地元の豪族・須賀重久が現在地... -
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第52番 瀧雲山 太山寺 | 愛媛県松山市
用明天皇2年(587)豊後国の真野長者が高浜の沖で嵐に遭い、遭難しそうになったところを観世音菩薩によって救われた。そのお礼として、木組みした木材を豊後より運び、一夜にしてお堂を建てたと伝えられる。鎌倉時代造営の本堂は国宝である。 名称 瀧雲山 ... -
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第51番 熊野山 石手寺 | 愛媛県松山市
神亀5年(728)二十五菩薩の降臨する霊夢を見た越智玉純が熊野十二所権現を祀り、伽藍を建立した。聖武天皇の勅願所とされ、翌天平元年(729)行基菩薩が自ら刻んだ薬師如来を本尊として奉安し、安養寺と号した。四国遍路の元祖とされる衛門三郎再来の霊験... -
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第50番 東山 繁多寺 | 愛媛県松山市
寺伝によれば、天平勝宝年間(749~57)孝謙天皇の勅願により行基菩薩が開創した。元は光明寺と称したが、弘仁年間(810~24)弘法大師が滞在した時、繁多寺と改めたという。また、時宗の開祖・一遍上人が正応元年(1288)に参籠し、父・如仏の浄土三部経... -
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第49番 西林山 浄土寺 | 愛媛県松山市
寺伝によれば、天平勝宝年間(749~57)恵明上人が開創し、孝謙天皇の勅願所とされた。後に弘法大師が再興したという。天徳年間(957~60)空也上人が滞在し、里人に教えを説いた。重要文化財に指定されている空也上人像は、上人が立ち去るに当たり、里人...
