江戸時代の御朱印– tag –
江戸時代の御朱印・納経を掲載
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四国八十八ヶ所
第48番 清瀧山 西林寺 | 愛媛県松山市
寺伝によれば、天平13年(741)聖武天皇の勅願により行基菩薩が一宮の別当として開創した。元は小野播磨塚(松山市南梅本町)のあたりにあったが、大同2年(807)弘法大師が当地を訪れた際、現在地に移したとされる。 名称 清滝山 安養院 西林寺 御本尊 十... -
四国八十八ヶ所
第47番 熊野山 八坂寺 | 愛媛県松山市
役行者小角の開基と伝えられる。大宝元年(701)越智玉興が伽藍を建立し、文武天皇の勅願寺となった。弘仁6年(815)弘法大師が巡錫し、寺を再興した。その後、熊野から十二所権現を勧請し、修験の根本道場として隆盛したが、戦国時代の混乱のために衰退... -
四国八十八ヶ所
第46番 医王山 浄瑠璃寺 | 愛媛県松山市
寺伝によれば、和銅元年(708)当地を訪れた行基菩薩が仏法流布の霊地であると感得し、薬師如来と日光・月光菩薩、十二神将の像を刻み、一寺を建立して安置したことに始まる。大同2年(807)弘法大師が滞在して寺を再興した。江戸時代の正徳15年(1715)山... -
四国八十八ヶ所
第45番 海岸山 岩屋寺 | 愛媛県上浮穴郡久万高原町
奇岩がそびえる典型的な山岳霊場である。寺伝によれば、この山には法華仙人という女性の行者がおり、法華三昧を修して自由に宙を飛ぶことができたという。弘仁6年(815)弘法大師が巡錫した際、法華仙人は一山を献上して往生を遂げた。そこで大師は石と木... -
四国八十八ヶ所
第44番 菅生山 大寶寺 | 愛媛県上浮穴郡久万高原町
用明天皇の御代(585~87)に百済の聖僧がこの山中に奉安したという観音像を、大宝元年(701)猟師の明神右京・隼人兄弟が発見し、草庵に祀ったことに始まる。これを聞いた文武天皇は勅命を下して寺院を建立し、年号に因んで「大宝寺」と名付けられた。弘... -
四国八十八ヶ所
第43番 源光山 明石寺 | 愛媛県西予市
寺伝によれば、欽明天皇の勅願により円手院正澄が開創し、天平6年(734)寿元という行者が熊野から十二社権現を勧請し、12坊を建立した。弘仁13年(822)弘法大師が嵯峨天皇の勅願により再興した。建久5年(1194)源頼朝が池禅尼の菩提を弔うために堂鵜を... -
四国八十八ヶ所
第42番 一カ山 佛木寺 | 愛媛県宇和島市
弘法大師がこの地を巡っている時、牛を引いた老人に出会った。老人に勧められて牛の背に乗り、しばらく進んでいくと楠の大樹に一箇の宝珠がかかっていた。よく見ると、唐から帰国する際、仏法有縁の地を求めて三鈷とともに投じた宝珠であった。そこで、楠... -
関西の神社
廣田神社 | 兵庫県西宮市
廣田神社は神功皇后が凱旋の砌、撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(天照大神の荒魂)の神託を受けて創建されたと伝えられる。古くから朝廷の崇敬篤く、延喜の制では名神大社、二十二社の制では下八社に列した。因みに西宮神社は摂社・南宮の境内にあった戎社が... -
四国八十八ヶ所
第41番 稲荷山 龍光寺 | 愛媛県宇和島市
寺伝によれば、大同2年(807)弘法大師が当地を巡錫している時、稲束を背負った白髪の老人から託宣を受けた。この老人が稲荷大明神であることを悟った大師は、その姿を刻んで堂に祀り、稲荷山龍光寺と名付けて四国霊場の総鎮守とした。明治の神仏分離で稲... -
四国八十八ヶ所
第40番 平城山 観自在寺 | 愛媛県南宇和郡愛南町
大同2年(807)平城天皇の勅願により弘法大師が開創したと伝えられる。本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来・十一面観世音菩薩は、大師が一本の霊木から一刀三礼して刻んだものという。寛永15年(1638)京都大覚寺の空性法親王が四国を巡拝した際、「薬師院...
