第48番 清瀧山 西林寺 | 愛媛県松山市

48番西林寺

寺伝によれば、天平13年(741)聖武天皇の勅願により行基菩薩が一宮の別当として開創した。元は小野播磨塚(松山市南梅本町)のあたりにあったが、大同2年(807)弘法大師が当地を訪れた際、現在地に移したとされる。

名称 清滝山 安養院 西林寺
御本尊 十一面観世音菩薩
本尊真言 おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌 弥陀仏の世界をたずね行きたくば 西の林の寺に詣れよ
所在地 愛媛県松山市高井町1007 [Mapion|googlemap]
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目次

西林寺の納経(御朱印)

48番西林寺の納経
(1)
48番西林寺の納経
(2)

(1)平成元年拝受の納経。揮毫は十一面観音の種字「キャ」に「大悲殿」(観世音菩薩を祀るお堂)。中央の宝印は蓮台上の円に梵字「キリーク」、阿弥陀如来と千手観音の種字だが、御詠歌に因むとすれば阿弥陀如来か。右上の印は「四十八番」、左下は「西林密寺」。

(2)平成18年拝受の納経。揮毫は「十一面大悲殿」。朱印は平成元年のものと同じ。

昔の納経

天保11年の納経
(3)
天保12年の納経
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明治38年の納経
(5)

(3)天保11年(1840)の納経。版木押しで「奉納経四十八番」「十一面観音大士」「清滝山西林寺」。中央の宝印は蓮台上の円に梵字「キリーク」で現在のものと基本的に同じ。右上の印は「四十八番」、左下は「納経所」。

(4)天保12年(1841)の納経。版木・朱印ともに天保11年のものと同じ。

(5)明治38年(1905)の納経。揮毫は「奉納」「本尊円通大士(観世音菩薩の別名)」「西林寺」。朱印は天保年間のものと同じで、中央の宝印は蓮台上の円に梵字「キリーク」、右上の印は「四十八番」、左下は「納経所」。

略縁起

天平13年(741)聖武天皇の勅願により、行基菩薩が創建した。当時は久米郡徳威の里にあり、一宮の別当であったという。大同2年(807)弘法大師がこの地を巡錫された際、現在地に移したとされる。

寛永年間(1624~44)火災で伽藍を焼失したが、元禄13年(1700)松山藩主・松平定直によって再建され、干魃の年には藩の雨乞いの祈願所とされた。

奥の院は寺から南西250mほどのところの杖の渕大師で、弘法大師が干魃に苦しむ里人を救うため、錫杖で地面を突くと清水が湧き出したと伝えられる。

写真帖

閻魔堂
閻魔堂
大師堂
大師堂
本堂
本堂

メモ

門前に川が流れ、橋を渡って土手を下りたところに山門がある。そのため、罪ある人が門を入ると無間地獄に堕ちると言い伝えられている。

西林寺の概要

山号 清瀧山(せいりゅうざん)
寺号 西林寺(さいりんじ)
院号 安養院(あんよういん)
御本尊 十一面観世音菩薩
所在地 正式な所在地の住所
創建年代 愛媛県松山市高井町1007番地
開山 行基菩薩
宗派等 真言宗豊山派

交通アクセス

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