江戸時代の御朱印– tag –
江戸時代の御朱印・納経を掲載
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四国八十八ヶ所
第39番 赤亀山 延光寺 | 高知県宿毛市
古い資料や納経帳では「寺山〔じさん〕」の通称を使うことが多い。寺伝によれば、神亀元年(724)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創し、亀鶴山施薬院宝光寺と号した。延暦年間(782~805)弘法大師が桓武天皇の勅願所として再興した。寺宝の梵鐘は、龍宮... -
四国八十八ヶ所
第38番 蹉跎山 金剛福寺 | 高知県土佐清水市
四国の最南端・足摺岬にある。弘仁13年(822)嵯峨天皇の勅願により弘法大師が開創したと伝えられる。観世音菩薩の浄土・補陀洛山の境とされ、嵯峨天皇より「補陀洛東門」の勅額を賜った。歴代天皇の勅願所とされ、戦国時代には土佐一条氏の庇護を受け寺領... -
四国八十八ヶ所
第37番 藤井山 岩本寺 | 高知県高岡郡四万十町
江戸時代以前の37番札所は仁井田五社(仁井田大明神、現・高岡神社)であった。天平年間(729~49)行基菩薩が神宮寺の福円満寺をはじめとする7ヶ寺を開創した。弘仁年間(810~24)弘法大師が仁井田大明神を五つの社に分けて五社大明神とした。さらに5つ... -
四国八十八ヶ所
番外 杖杉庵 | 徳島県名西郡神山町
四国遍路の元祖とされる衛門三郎が大師を尋ねて順逆21回四国を回り、ついにこの地で力尽きた。そこに大師が現れ、三郎の悪業が尽きたことを告げ、来世の望みを言うように言った。三郎は来世は国守に生まれて善政を施したいと言って息を引き取った。大師は... -
四国八十八ヶ所
第36番 独鈷山 青龍寺 | 高知県土佐市
大同元年(806)弘法大師は唐から帰国するにあたり、師・恵果阿闍梨の恩に報いるため、仏法興隆にふさわしい地を求めて独鈷(密教の法具)を投じると、紫雲に包まれて東の空へ飛び去った。帰国後、四国を巡錫中に当地で松の木にかかっている独鈷を見つけ、... -
四国八十八ヶ所
第35番 医王山 清瀧寺 | 高知県土佐市
養老7年(723)行基菩薩が自ら刻んだ薬師如来を本尊として寺を建立し、景山密院繹木寺と称したという。弘仁年間(810~24)弘法大師が山中の岩の上に壇を築き、五穀豊穣を祈って7日間の修法を行った。満願の日に金剛杖で壇を突くと清水が湧き出し、鏡のよ... -
神奈川県の神社
平塚八幡宮 | 神奈川県平塚市
(平成18年撮影) 平塚八幡宮は、古くは鶴峯山八幡宮、あるいは鶴峯八幡宮と称し、相模国の八幡庄の総鎮守であった。相模国の一国一社八幡宮であり、5月5日に行われる相模国の国府祭に参加する相模六社の一社に数えられる。社伝では仁徳天皇の御代に大地震... -
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第34番 本尾山 種間寺 | 高知県高知市
敏達天皇の御代(572~85)四天王寺の造営のために百済から招かれた工匠や仏師が、寺の完成後に帰国する途中、土佐沖で暴風雨に遭ったため当地に上陸した。そして海上安全のために薬師如来の像を刻み、本尾山の頂上に祀ったことを起源とするという。後に弘... -
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第33番 高福山 雪蹊寺 | 高知県高知市
寺伝によれば弘法大師の開創で、元は高福寺と称したという。長宗我部元親が月峰和尚を招いて中興開山とし、臨済宗に改宗した。慶長4年(1599)元親が没すると菩提寺に定められ、元親の法号に因んで雪蹊寺と改めた。明治の廃仏毀釈で廃寺となるが、明治12年... -
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第32番 八葉山 禅師峰寺(峰寺)| 高知県南国市
地元では峰寺(みねんじ、みねじ)の通称で呼ばれることが多い。寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基菩薩が航海安全を祈願して開創したとされる。大同2年(807)弘法大師はここで求聞持法を修し、十一面観音の像を刻んで本尊とした。「船魂の観音」...
