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山手七福神(元祖山手七福神)

大円寺

大円寺本堂

山手七福神は、江戸から目黒不動・瀧泉寺への参詣道沿いに祀られた七福神を巡拝するもので、江戸で最初の七福神霊場とされる。新宿山ノ手七福神との混同を避けるため「元祖山手七福神」と呼ばれることが多いが、各寺院の表示や参詣の栞などでは「江戸最初・山手七福神」としている。

白金地域
■覚林寺(清正公):毘沙門天
■瑞聖寺:布袋尊
■妙円寺(白金妙見):福禄寿尊・寿老人尊
目黒地域
■瀧泉寺(目黒不動)恵比寿神
■蟠龍寺(岩屋弁天):弁財天
■大円寺:大黒天

以上の6ヶ寺で構成される。

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山手七福神について

山手七福神は、谷中七福神隅田川七福神とともに江戸時代から続く七福神霊場である。その始まりについては詳らかでないが、弁財天を祀る蟠龍寺に安永4年(1775)の山手七福神の標石があるそうで、それが事実ならば谷中七福神よりも古いことになるという。

天保9年(1838)の『東都歳時記』に、谷中七福神とともに「山の手七福神参り」が記されている。

・毘沙門 二本榎細川侯御屋敷前
・布袋 白金瑞聖寺天王殿
・寿老人・福禄寿 白金妙円寺妙見堂の内
・弁天 目黒蟠龍寺窟
・愛比寿・大黒 目黒不動尊境内(※愛比寿=恵比寿)

一部現在と異なっているが、瑞聖寺の布袋、妙円寺の寿老人・福禄寿、蟠龍寺の弁財天はそのまま現在に引き継がれている。

毘沙門天の「二本榎細川侯御屋敷前」は、東洋文庫版の『東都歳時記』の註によれば熊本藩細川家の中屋敷の向かい(現在の高縄二丁目)にあった高水山智将院(知将院とも)。毘沙門天は本堂に祀られていたそうで、寅の日の毘沙門天参りの項目にも名前が挙がっている。

『江戸東京札所事典』によれば、山手七福神の毘沙門天は立行寺から天現寺に移ったという。立行寺と天現寺の毘沙門天も有名で、『東都歳時記』の毘沙門天参りに名が見える。現在の覚林寺になったのは昭和59年(1984)とのことである。

また、かつては恵比寿神だけではなく大黒天も目黒不動だったようである。『新編武蔵風土記稿』によれば当時は大黒堂に大黒天と恵比寿神を祀っていた。『江戸名所図会』を見ると、本堂の前の鐘楼脇にあったようだ。現在祀られている三福堂は当時の弁天社のようで、恵比寿・大黒を遷して三福神を祀るようになったのであろう。

この頃、大円寺の開運大黒天は隣にあった明王院に祀られていた。明治になって明王院が大円寺に合併した際、御本尊などとともに遷されたようである。大円寺の大黒天が山手七福神に入ったのはそれ以降のことだろう。

巡拝情報

七福神詣での期間は元旦から1月7日の次の日曜日で、七福神のダルマが授与される。対応時間は9:00~17:00とのこと。御朱印は通年対応していただけるようだ(※実際に確認したのは一部寺院のみ)。

コースは3km余りで巡拝に要する時間は2時間程度だが、御朱印の待ち時間によって大きく違ってくるため注意が必要である。

各寺院はほぼ一列に並んでおり、白金の覚林寺(清正公)もしくは目黒の瀧泉寺(目黒不動)から始めることになる。どちらから巡拝してもよいが、目黒から白金に向かうのは商売繁盛祈願、白金から目黒に向かうのは無病息災・長寿祈願の御利益があるとされる。

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覺林寺(毘沙門天)

覚林寺毘沙門堂

覚林寺 毘沙門堂

最正山 覚林寺
通称:清正公
御本尊:三宝尊(一塔両尊四士)
札所本尊:毘沙門天
創建年代:寛永8年(1631)
開山:可観院日延上人
宗派:日蓮宗
所在地:東京都港区白金台1-1-47 [Mapion|googlemap]

略縁起

覚林寺清正公堂

覚林寺 清正公堂

覚林寺は、寛永8年(1631)可観院日延上人によって開創された。

日延上人は李氏朝鮮の臨海君(第14代国王・宣祖の庶長子)の子で、文禄の役の際、加藤清正が連れ帰って養育した。熱心な法華信者であった清正の信仰を受け継ぎ、博多の寺で出家。次第に頭角を現し、30歳で小湊誕生寺十八世となった。

誕生寺を退出した後に覚林寺を開き、清正公の像を祀った。以来、「白金の清正公さま」と親しまれ、開運・勝運の神として信仰を集めている。5月の清正公大祭では、菖蒲入りの勝守や開運出世祝鯉(鯉のぼり)が授与される。

安政3年(1856)再建の山門、慶応元年(1865)再建の清正公堂は、区内でも貴重な江戸末期の木造建築で、ともに区指定文化財である。

山手七福神の毘沙門天は、境内の毘沙門堂に祀られている。

御朱印

覚林寺・毘沙門天の御朱印

平成23年拝受の御朱印。中央の朱印は蓮華座上に毘沙門天の象徴である宝塔。右の印は「江戸最初 山手七福神」、左は「白金清正公 覚林寺」

アクセス

□瑞聖寺(布袋尊)より徒歩8分

□東京メトロ南北線・都営三田線「白金高輪駅」より徒歩5分
□東京メトロ南北線・都営三田線「白金台駅」より徒歩6分
□都営浅草線「高輪台駅」より徒歩11分

瑞聖寺(布袋尊)

瑞聖寺布袋尊

瑞聖寺 布袋尊

紫雲山 瑞聖寺
御本尊:釈迦如来
札所本尊:布袋尊
創建年代:寛文10年(1670)
開山:木庵性瑫禅師
宗派:黄檗宗系単立
所在地:東京都港区白金台3-21-19 [Mapion|googlemap]
公式サイト:http://www.zuisho-ji.or.jp/

略縁起

瑞聖寺大雄宝殿

瑞聖寺 大雄宝殿

瑞聖寺は、寛文10年(1670)江戸で最初に開創された黄檗宗の寺院である。

開基は摂津国麻田藩主・青木甲斐守重、開山は大本山萬福寺の第二世・木庵性瑫禅師。木庵禅師は黄檗宗を開いた隠元禅師の高弟で、隠元の招きで明より渡来し、その後を継いで黄檗山萬福寺の第二世となった。

江戸時代には十万石の格式を誇り、広壮な伽藍に数々の仏堂や塔頭を擁していたが、たびたびの火災や安政の大地震・暴風雨のため、明治の頃には衰退していた。それでも残された堂宇にかつての面影を残し、特に宝暦7年(1757)再建の大雄宝殿は江戸の旧市街地に残る数少ない本格的仏堂建築として国の重要文化財に指定されている。

布袋尊は唐代に実在したとされる禅僧・釈契此のこととされる。長汀子とも号し、小躯・大腹で杖と布袋を持ち、物をもらえば袋に貯え、困っている人がいるとそれを与えたという。中国では弥勒仏の化身とされ、禅宗寺院では弥勒仏として布袋像を仏堂に安置するのが通例になった。その伝統を色濃く受け継ぐ日本の黄檗宗寺院でも布袋尊の像が祀られている。

山手七福神の布袋尊は、大雄宝殿内に安置されている。『東都歳時記』を見ると、当時は天王殿(山門)に祀られていたようだ。

御朱印

瑞聖寺・布袋尊の御朱印

平成23年拝受の御朱印。中央の朱印は雲板に「白金瑞聖寺 布袋尊」だが、押し直しているためわかりにくい。右上の印は「江戸最初 山手七福神」、左下は「紫雲山瑞聖寺」。

アクセス

□覚林寺(毘沙門天)より徒歩8分
□妙円寺(福禄寿尊・寿老人尊)より徒歩7分

□東京メトロ南北線・都営三田線「白金台駅」より徒歩1分

妙圓寺(福禄寿尊・寿老人尊)

妙円寺妙見堂

妙円寺 妙見堂

誠瀧山 妙円寺
通称:白金妙見
御本尊:三宝尊(曼荼羅)
札所本尊:福禄寿尊・寿老人尊
創建年代:不詳
開山:瀧本院日忍大徳(俗称:瀧本采女)
宗派:日蓮宗
所在地:東京都港区白金台3-17-5 [Mapion|googlemap]

略縁起

妙円寺本堂

妙円寺 本堂

妙円寺は、足利尊氏開運の念持仏である妙見大菩薩の像を奉安し、「白金の妙見さま」として親しまれている。

寺伝によれば、室町幕府の13代将軍・足利義輝の近臣であった瀧本弾正忠光が、義輝よりこの像を拝領し、自宅に奉安したという。

その子・瀧本采女は江戸幕府に仕えていたが、発心して日蓮宗の僧となり、瀧本院日忍と号した。碑文谷(文政寺社書上では衾村)の自邸に妙見菩薩像を奉安して寺とし、自ら開山となって妙応寺と称した。延宝6年(1678)第8世東漸院日存のとき、現在地に移転した。

昭和20年(1945)空襲で焼失、現在の本堂・妙見堂は昭和29年(1954)に再建されたものである。

山手七福神の福禄寿尊・寿老人尊は妙見堂に祀られている。『東都歳時記』にも「白金妙円寺妙見堂の内」とあり、江戸時代から変わっていないようだ。

御朱印

妙円寺・福禄寿・寿老人の御朱印

平成23年拝受の御朱印。中央下の朱印は宝船に「福禄寿 寿老人 白金妙圓寺」。右上の印は「江戸最初 山手七福神」、左上は「開運妙見」。

アクセス

□瑞聖寺(布袋尊)より徒歩7分
□大円寺(大黒天)より徒歩10分

□東京メトロ南北線・都営三田線「白金台駅」より徒歩4分
□JR山手線・東急目黒線「目黒駅」より徒歩8分

大圓寺(大黒天)

大円寺

大円寺本堂

松林山 大円寺
通称:大黒寺
御本尊:釈迦如来(生身釈迦如来)
札所本尊:大黒天(開運大黒天)
創建年代:寛永元年(1624)
開山:大海法印
宗派:天台宗
所在地:東京都目黒区下目黒1-8-5 [Mapion|googlemap]

略縁起

大円寺五百羅漢

大円寺 五百羅漢

大円寺は、目黒行人坂の途中にあり、大黒寺の通称で知られる。御本尊は清涼寺式の生身釈迦如来(国の重要文化財)だが釈迦堂に祀られており、正面本堂には開運大黒天を祀っている。

寺伝によれば、寛永元年(1624)出羽湯殿山の行者・大海法印が大日如来を祀る道場を建立したことに始まる。行人坂の名は、大円寺を拠点とする修験者たちが個々を往来したことによるといわれる。

明和9年(1772)江戸三大大火の一・明和の大火(行人坂火事)で焼失したが、その火元であったことから幕府の咎を受けて再建を許されず、本尊・大日如来像や過去帳などは隣寺の明王院に移された。境内の五百羅漢石像(都有形文化財)は、この大火の犠牲者の供養のために作られたと伝えられる。

嘉永元年(1848)島津斉興の帰依を得てようやく再建された。一方、明王院は次第に衰微し、明治初年に大円寺に合併されて仏像も移された。

山手七福神の大黒天は正面本堂に祀られた開運大黒天。『新編武蔵風土記稿』を見ると、当時は明王院に祀られていたようである。『江戸名所図会』の行人坂の図にも、明王院に「大こく」と書かれたお堂が見える。

御朱印

大円寺・大黒天の御朱印

平成23年拝受の御朱印。中央の朱印は打ち出の小槌に「目黒 大黒天 大円寺」。右上の印は「江戸最初 山手七福神」、左下は「松林山 大圓寺」。

アクセス

□妙円寺(福禄寿尊・寿老人尊)より徒歩10分
□蟠龍寺(弁財天)より徒歩7分

□東京メトロ南北線・都営三田線・東急目黒線「目黒駅」より徒歩2分
□JR山手線「目黒駅」より徒歩4分

蟠龍寺(弁財天)

蟠龍寺岩屋弁天

蟠龍寺 岩屋弁天

霊雲山 称明院 蟠龍寺
通称:岩屋弁天
御本尊:阿弥陀如来
札所本尊:弁財天(岩屋弁天)
創建年代:慶安元年(1648)
開山:不詳
宗派:浄土宗
所在地:東京都目黒区下目黒3-4-4 [Mapion|googlemap]

略縁起

蟠龍寺弁天堂

蟠龍寺 弁天堂

蟠龍寺は、『新編武蔵風土記稿』によれば慶安元年(1648)上野国新田大光院20世の住職が隠居して当地に庵を結んだことに始まるという。宝永6年(1709)増上寺の霊雲上人が行人坂下にあった称明院をここに移し、霊雲を中興として、霊雲山称明院蟠龍寺と改めた。

さらに寛政6年(1794)浄土宗の戒律を復興するため、増上寺の妙誉定月和尚の志願により律院(戒律を厳守する寺院)に改められた。今も「不許辛肉酒入山門」の結界石にその名残を見ることができる。

山手七福神の弁財天は、本堂脇の岩窟内に八臂弁財天の石像が、弁天堂に同じく木像が祀られている。岩窟内の弁財天は岩屋(窟)弁天の名で知られ、『江戸名所図会』にも「蟠龍寺窟弁天祠」として描かれている。弁天堂の木像は七福神詣の期間のみ拝観することが可能。

なお、境内の「おしろい地蔵」は、美人になれる御利益があると女性の人気を集めているそうだ。

御朱印

蟠龍寺・弁財天の御朱印

平成23年拝受の御朱印。中央の朱印は火焔宝珠に「目黒 岩屋辨天」。右上の朱印は「江戸最初 山手七福神」、左上は「東京下目黒 岩屋辨天」、左下は「霊雲山 蟠龍寺」。

アクセス

□大円寺(大黒天)より徒歩7分
□瀧泉寺(恵比寿神)より徒歩7分

□東京メトロ南北線・都営三田線・東急目黒線「目黒駅」より徒歩10分
□JR山手線「目黒駅」より徒歩11分
□東急目黒線「不動前駅」より徒歩10分

瀧泉寺(恵比寿神)

瀧泉寺三福堂

瀧泉寺 三福堂

泰叡山 瀧泉寺
通称:目黒不動尊
御本尊:不動明王
札所本尊:恵比寿神
創建年代:大同3年(808)
開山:慈覚大師円仁
宗派:天台宗
所在地:東京都目黒区下目黒3-20-26
公式サイト:http://park6.wakwak.com/~megurofudou/

略縁起

瀧泉寺(目黒不動)

瀧泉寺 仁王門

目黒不動尊として名高い瀧泉寺は、慈覚大師円仁の開創による関東最古の不動霊場である。

大同3年(808)15歳の慈覚大師は、師の広智阿闍梨とともに比叡山の伝教大師の元へ向かう途中、目黒の地に立ち寄った。その夜、大師の夢に不動明王が現れ、「我、この地に迹を垂れ、魔を伏し、国を鎮めんと思うなり」と告げた。そこで、その尊容を自ら彫刻し、一寺を建立したと伝えられる。

大師が独鈷を投じると泉が湧出したので「独鈷の瀧」と名付け、この霊泉に因んで瀧泉寺と号した。貞観2年(860)清和天皇より「泰叡」の勅学を賜り、泰叡山と号するようになった。

江戸時代には徳川家光が深く帰依し、五十三棟に及ぶ大伽藍を造営した。以来、江戸の裏鬼門鎮護として歴代将軍がたびたび参詣し、広く庶民の信仰も集めたという。

山手七福神の恵比寿神は、境内の三福堂にまつられている。

江戸時代には大黒堂に祀られていた。『江戸名所図会』を見ると、本堂前の鐘楼の脇に「大こく ゑびす」と記されたお堂がある。現在の三福堂は、当時の弁天社のようだ。

御朱印

瀧泉寺・恵比寿神の御朱印

平成23年拝受の御朱印。中央の朱印は恵比寿神の御姿に「恵比壽神」。右の印は「江戸最初 山手七福神」、左は「目黒不動尊印」。

アクセス

□蟠龍寺(弁財天)より徒歩7分

□東急目黒線「不動前駅」より徒歩11分
□東京メトロ南北線・都営三田線・東急目黒線「目黒駅」より徒歩12分
□JR山手線「目黒駅」より徒歩13分

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