第13番 大栗山 大日寺

13番大日寺

名称 大栗山 花蔵院 大日寺
御本尊 十一面観世音菩薩
所在地 徳島県徳島市一宮町西丁263 [Mapion|googlemap]

【本尊真言】
おん まか きゃろにきゃ そわか

【御詠歌】
阿波の国一の宮とはゆうだすき かけて頼めやこの世のちの世

【略縁起】
元は一宮神社が札所であった。現在では阿波国一宮は大麻比古神社とされるが、本来は一宮神社が一宮で、上一宮大粟神社を国府近くの現在地に勧請したものとされる。大日寺は一宮神社の旧別当で、弘仁6年(815)弘法大師の開創。明治の神仏分離により、一宮神社の本地仏であった行基菩薩作とされる十一面観音を本尊とし、13番札所を引き継いだ。

大日寺の納経(御朱印)

  • 大日寺の納経

    (1)

  • 13番大日寺の納経

(1)平成元年に拝受した納経。揮毫は十一面観音の種字「キャ」に「大悲殿」(観世音菩薩を祀るお堂)。中央の宝印は法輪。右上の朱印は「四国十三番」、左下は「太栗山 花蔵院」。

(2)平成18年に拝受した納経。揮毫・朱印ともに平成元年のものと同じ。

江戸時代の納経

  • 天保11年の納経

    (1)

  • 天保12年の納経

    (2)

(1)天保11年(1840)の納経。揮毫は「奉納経」「一宮大明神」「神主笠原丹後」「別当大日寺」。中央の宝印は勅願所を示す十六八重菊の御紋。右上の朱印は「四国十三番」、左下は「太栗山花蔵院」で現在のものとほぼ同じ。

(2)天保12年(1841)の納経。揮毫・朱印ともに天保11年のものと同じ。

明治時代の納経

  • 明治38年の納経

    (1)

(1)明治38年(1905)の納経。揮毫は「奉納経」「本尊十一面観世音」「阿州一宮 大日寺」。中央の宝印は法輪、右上の朱印は「四国十三番」、左下は「太栗山 花蔵院」で現在とほぼ同じである。

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大日寺について

山号 大栗山(おおぐりざん)
寺号 大日寺(だいにちじ)
院号 花蔵院(けぞういん)
旧札所 一宮大明神(一宮神社)
御本尊 十一面観世音菩薩
所在地 徳島県徳島市一宮町西丁263番地
創建年代 弘仁6年(815)
開山 弘法大師
宗派等 真言宗大覚寺派
備考 四国三十三観音霊場第5番

覚え書き

焼山寺から鮎喰川沿いに県道21号線を下り、徳島平野に出るところにある。道路をはさんで、向かいには一宮神社が鎮座する。
本来の札所は一宮神社で、大日寺はその別当であった。現在大日寺の本尊とされている十一面観音は行基菩薩の作と伝えられ、元は一宮大明神の本地仏であった。明治の神仏分離の際に大日寺に移され、本尊とされた。
大日寺は弘法大師の開基。弘仁6年(815)この地を巡錫中、鮎喰川の対岸にある「大師ヶ森」で護摩の修法をしていると、紫雲が棚引き大日如来が示現した。そこで大師は大日如来の尊像を刻み、本尊として一宇を建立した。これに因んで大日寺と号する。
大師作の大日如来像は、一宮大明神から十一面観音を移してきた時に脇侍とされたが、大日寺の寺号はそのままである。
なお、一宮神社は神山町の上一宮大粟神社から遷し祀られたもので、式内名神大社・天石門別八倉比売神社の論社である。上一宮に対して下一宮とも称されたという。一般に阿波国一宮というと大麻比古神社(一番霊山寺の鎮守・奥之院であった)とされるが、これは中世以降のことで、元は上一宮大粟神社が一宮であり、下一宮(一宮神社)が国府に近い現社地に勧請されて以降、下一宮が一宮とされたという。他の三国でも一宮が札所になっていること、一方、大麻比古神社は札所になっていないことを考えると、四国霊場が八十八ヶ所に固定された時期を考察する際のヒントになると思われる。
なお、江戸時代の納経帳を見ると、古くは大日寺でのみ納経を行っていたようだが、文政の頃に一宮神社の神主も納経を行うようになり、天保時代以降は両者がともに署名するという形式になっている。一宮神社と大日寺の間で札所の正統性に関わる葛藤があったと思われる。

写真帖

  • しあわせ観音

    しあわせ観音

  • 大師堂

    大師堂

  • 本堂

    本堂


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