第29番 摩尼山 国分寺

29番土佐国分寺

名称 摩尼山 宝蔵院 国分寺
御本尊 千手観世音菩薩
所在地 高知県南国市国分546 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.tosakokubunji.org/

【本尊真言】
おん ばざらたらま きりく

【御詠歌】
国を分け宝を積みて建つ寺の 末の世までの利益残せり

【略縁起】
聖武天皇の勅願により全国に建立された国分寺の一つ。寺伝によれば天平13年(741)行基菩薩の開創とされる。弘法大師は42歳の厄年に、当時で厄除けの星供の秘法を修した。以来、星供の根本道場となったという。長宗我部氏・山内氏の庇護を受け、現在の本堂は永禄元年(1558)長宗我部元親による再建、仁王門は明暦元年(1655)山内忠義の寄進である。

土佐国分寺の納経(御朱印)

  • 国分寺の納経

    (1)

  • 29番土佐国分寺の納経

    (2)

(1)平成元年拝受の納経。揮毫は千手観音の種字「キリーク」に「千手尊」。中央の宝印は十二弁の菊に「キリーク」。右上の朱印は「四国第廿九番」、左下は国分寺の正式名称である「金光明四天王護国寺」。

(2)平成19年拝受の納経。揮毫・朱印ともに平成元年のものと同じ。

江戸時代の納経

  • 天保11年の納経

    (1)

  • 天保12年の納経

    (2)

(1)天保11年(1840)の納経。揮毫は「奉納」「本尊千手観世音」「土州摩尼山」「国分寺」。中央の宝印は勅願所であることを示す十六八重菊の御紋。右上の朱印は「第二十九番」、左下は判読できない。

(2)天保12年(1841)の納経。揮毫は「奉納」「本尊千手大士」「国分寺」。朱印は天保11年のものと同じ。

明治時代の納経

  • 明治38年の納経

    (1)

(1)明治38年(1905)の納経。揮毫は「奉納」「本尊千手大士」「トサ(土佐)国分寺」。中央の宝印は弘法大師の像。右上の朱印は「四国第二十九番」、下は「国分寺印」。

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土佐国分寺について

山号 摩尼山(まにざん)
寺号 国分寺(こくぶんじ)
院号 宝蔵院(ほうぞういん)
通称 土佐国分寺
御本尊 千手観世音菩薩
所在地 高知県南国市国分546番地
創建年代 天平13年(741)
開山 行基菩薩
宗派等 真言宗智山派
文化財 〈重文〉金堂 木造薬師如来立像 木造薬師如来立像 梵鐘 〈史跡〉土佐国分寺跡 〈県有形文化財〉本堂の厨子・須弥壇 絹本著色両界曼荼羅

覚え書き

土佐に入って、初めての平地の霊場である。
聖武天皇の勅願により、全国に建立された国分寺の一つ。付近には土佐国庁の跡もある。天平13年(741)行基菩薩の開創と伝えられ、聖武天皇は自ら写経した金光明経を奉納したという。境内にはかつての伽藍の礎石が残り、国の史跡に指定されている。
弘仁6年(815)弘法大師42歳の厄年に、当寺において厄除けのための八祖相承の星供の秘法を修した。以来、星供の根本道場として、皇室・藩主の不祥消除・福寿増長の祈祷が行われた。
長宗我部氏や藩主・山内氏から篤い帰依を受け、堂塔の建立・修造が行われた。現在の本堂は永禄元年(1558)に長宗我部元親が建立したもので、国の重要文化財。柿葺の優美な姿は、四国霊場を代表する建築の一つ。また、仁王門は明暦元年(1655)土佐藩2代藩主・山内忠義によって寄進されたものである。
当寺の奥の院は南国市岡豊町滝本の毘沙門滝にある毘沙門堂である。

写真帖

  • 山門

    山門

  • 大師堂

    大師堂

  • 本堂

    本堂


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