朝日山王宮 日枝神社(駒込日枝神社)

駒込日枝神社

駒込日枝神社は旧上駒込村字新屋敷(伝中)の鎮守。社地の東側が開けて朝日が耀くことから朝日山王宮と称された。東側に張り出した崖の上にあり、江戸時代は眼下に田畑が広がる景勝の地であったことから、歌人や俳人がたびたび神主宅に集まって雅宴を開いたという。
豊島区の神社

正式名称 日枝神社〔ひえじんじゃ〕
通称 朝日山王宮 駒込日枝神社
御祭神 大山咋神
社格等 旧無格社
鎮座地 東京都豊島区駒込1-30-12 [Mapion|googlemap]
東京は江戸時代以来、約400年にわたり日本の中心として繁栄してきた。そのため、江戸幕府や明治政府から特別の崇敬を受けた重要な神社がいくつ...
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御朱印

※御朱印は本務社の大國神社でいただける。

  • 駒込日枝神社の御朱印

    (1)

(1)平成29年拝受の御朱印。朱印は「日枝神社之印」。

御由緒

本殿

御祭神

■大山咋神

『平成「祭」データ』による。明治の神社明細帳では大山咋神・須佐之男命・大名持命・少彦名命の4柱、江戸時代の『新編武蔵風土記稿』では大山祇命・大己貴命・大山咋命の3柱となっている。

由緒(歴史)

文久元年の道標

「朝日山王宮」と書かれた文久元年(1861)の道標

駒込鎮座の日枝神社は旧上駒込村字新屋敷の鎮守で、古くは山王社と称した。境内は東に張り出した崖の上にある。社地の東側が開けて朝日が耀くことから朝日山王と称された。

かつては東の崖下に田畑が広がる景勝の地で、特に神主の沢田近江の宅からの眺望が素晴らしく、たびたび歌人や俳人が集まって雅宴を開いたという。十方庵敬順は『遊歴雑記』に「社内松杉の木立天然に、夏は納涼及びほたるの飛びちがう情景、またほととぎすは飽までに聞く、もみじによし、雪見によし、実に雅人の愛すべき土地というべし」と記し、自身も沢田の宅で煎茶を楽しんだ。

日枝神社の創建年代は不詳だが、『新編武蔵風土記稿』によれば慶長年間(1596~1615)以前に祀られていたという。

万治3年(1660)神主・沢田近江の先祖である大江免毛が社司となった。大江氏は代々神祇伯白川家の配下で、近江の代になって姓を沢田に改めた。

切絵図

染井王子巣鴨辺絵図より(国会図書館デジタルコレクション)

『改正新編江戸志』は「往古より駒込新屋敷の鎮守で、高木市左衛門という百姓の土地に鎮座していたが、元文5年(1740)大江左近が社司となり、延享元年(1744)社殿を造営した」という社伝を紹介している。また『北豊島郡誌』には元文元年(1736)大江大夫橘為稠によって中興されたとある。

天保15年(1844)社殿の規模を改め、神社としての体裁を整えた。明治の神社明細帳を見ると、本殿は6尺5寸×1間半、拝殿は3間×2間となっている。

駒込日枝神社古写真

『北豊島郡神社誌』(昭和8年)より(国会図書館デジタルコレクション)

昭和9年(1934)駒込紡績の火災で社務所が類焼。昭和10年(1935)再建に当たって本殿・拝殿も新築された。しかしこの社殿も昭和20年(1945)4月の空襲で全焼。昭和22年(1947)仮殿にて再興、昭和40年(1965)現在の社殿が再建され、現在に至る。

石柱

古い鳥居の一部。「傳中(伝中)親睦會」の文字が見える

なお、『新編武蔵風土記稿』には「小名新屋敷の鎮守なり」とあるが、大正7年(1918)の『北豊島郡誌』は「字山王台に在り」「字伝中の鎮守」とする。

『北豊島郡誌』には巣鴨町大字上駒込の字として南伝中・伝中裏・山王前・伝中・山王台・山王崖下など23ヶ所が挙げられているが、その中に新屋敷の名はない。

境内の豊島区教育委員会による案内によれば「伝中」は「殿中」とも書き、郡山藩柳沢家下屋敷(現在の六義園)に由来する地名とのこと。柳沢吉保の時代、将軍・綱吉のお成りを待つ供の様子があたかも殿中のようであったことから、当地一帯をこう呼ぶようになったという。江戸時代の字新屋敷が後の字伝中・南伝中・山王台などになり、伝中と総称されるようになったのではないかと思われる。

因みに十方庵敬順の『遊歴雑記』は朝日山王宮の場所について「上駒込殿中という処のうしろ三町にあり」と記している。

境内社

日吉稲荷神社

境内社は、『新編武蔵風土記稿』には北辰妙見社(祭神・天御中主神)と稲荷2社、『染井王子巣鴨辺絵図』には霊符神が記されている。鎮宅霊符神は北辰妙見菩薩や天御中主神と同一視されていたので、霊符神と北辰妙見社は同じであろう。

明治の神社明細帳には大元神社(祭神・天御中主神)と道祖神社(祭神・猿田彦命)の2社が記載されている。北辰妙見社が大元神社になったものと思われる。

しかし現在は両社とも見当たらず、日吉稲荷社(祭神・宇加御魂神)のみとなっている(『平成「祭」データ』による)。稲荷社の祠は二つあり、『新編武蔵風土記稿』にある稲荷二社に該当するのかもしれないが、未確認。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 文久元年の道標

    文久元年(1861)の道標

  • 石柱

    石柱(古い鳥居の一部)

  • 明和2年の手水鉢

    明和2年(1765)の銘がある手水鉢

  • 手水鉢

    手水鉢

  • 日吉稲荷神社鳥居

    日吉稲荷神社の鳥居

  • 日吉稲荷神社

    日吉稲荷神社

  • 社殿

    社殿

メモ

JR駒込駅から歩いてすぐのところに鎮座する。今も境内の東側は石垣になっているのだが、その先にビルやマンションが建ち並んでいるため、かつてのような眺望は広がっていないのが残念である。社殿も、戦前は本殿と拝殿が揃っていたようだが、現在は鉄筋コンクリート造の本殿のみになっている。わずかに江戸時代の手水鉢や古い鳥居の柱に刻まれた「傳中親睦会」の文字、幕末の道標などにかつての面影を偲ぶことができる。

駒込日枝神社の概要

名称 日枝神社
通称 朝日山王宮 駒込日枝神社
旧称 山王社
御祭神 大山咋神〔おおやまくいのかみ〕
鎮座地 東京都豊島区駒込一丁目30番12号
創建年代 慶長年間(1596~1615)以前
社格等 旧無格社
例祭 6月15日
神事・行事 2月中午の日/稲荷祭
3月下旬/就学祭
9月15日・16日/秋季大祭
11月3日/敬老祭
※『平成「祭」データ』による

交通アクセス

□JR山手線・東光メトロ南北線「駒込駅」より徒歩約3分

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