経堂天祖神社

経堂天祖神社

正式名称 天祖神社〔てんそじんじゃ〕
御祭神 天祖大御神 〈相殿〉稲荷大神 北野大神
社格等 旧村社
鎮座地 東京都世田谷区経堂4-33-2 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.tenso-jinja.tokyo/

【由緒概要】
経堂天祖神社は、経堂在家村の鎮守。『新編武蔵風土記稿』は創建の年代を不詳とするが、地元の古老には永正4年(1507)の鎮座という言い伝えが残っている。江戸時代までは伊勢宮と呼ばれたが、明治になって天祖神社と改称した。

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経堂天祖神社の御朱印

  • 経堂天祖神社の御朱印

平成18年拝受の御朱印。中央の朱印は「経堂鎮守天祖神社印」、右上は「武州荏原郡」「経堂在家」「天祖神社」。

経堂天祖神社について

名称 天祖神社
通称 経堂天祖神社
旧称 伊勢宮
御祭神 天祖大御神〔てんそおおみかみ〕
〈相殿〉
稲荷大神〔いなりのおおかみ〕
北野大神〔きたののおおかみ〕
鎮座地 東京都世田谷区経堂四丁目33番2号
創建年代 不詳/永正4年(1507)とも
社格等 旧村社
例祭 10月第1日曜日とその前日
神事・行事 1月1日/元旦祭
1月14日/お焚き上げ
6月夏至の日/夏越の大祓
12月冬至の日/年越の大祓

御由緒

経堂天祖神社は、経堂在家村の鎮守。江戸時代までは伊勢宮と称し、別当は曹洞宗の経堂山福昌寺であった。

経堂の名は、福昌寺は中国から帰化した幕府の医師・松原弥右衛門が屋敷を寺としたものだが、蔵書が多かったことからこれを村人が経堂と呼んだことによると伝えられる。また、『新編武蔵風土記稿』は、村の開墾が始まったときに関東では見慣れない京都風の堂があったことによる、あるいは経典を納めた石室を埋め、その上に堂を建てたことによるという二つの説を紹介している。

当社の創建について『新編武蔵風土記稿』は「鎮座の年代を知らず」とするが、地元に伝わる伝承では永正4年(1507)のこととされる。

明治7年(1874)村社に列格。官国幣社以外の神社では宮号を使うことが禁じられたため天祖神社と改められた。明治41年(1908)村内の菅原神社・稲荷神社を合祀した。

現在の社殿は昭和51年(1976)に用賀神社より移築されたものである。旧社殿は改築して神楽殿に転用され、平成11年(1999)に新しい神楽殿ができるまで使われていた。

写真帖

  • 一の鳥居

    一の鳥居

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 三峯社

    三峯社

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 表忠碑

    表忠碑

  • 旧神楽殿

    旧神楽殿(旧社殿)

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

経堂駅にほど近い住宅地にあるが、境内は緑豊かな鎮守の森となっている。二の鳥居の脇に立つ社号標には「村社」の文字がそのまま残る。社殿や旧神楽殿など古い木造建築が多く、昔ながらの佇まいを感じさせる神域である。


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