道々橋八幡神社 | 東京都大田区

道々橋八幡神社

道々橋八幡神社は旧道々橋(どどばし)村の鎮守。社伝によれば正保年間(1644~48)の創建とされる。旧別当は日蓮宗の樹林寺。明治9年(1876)村社に列格。現在の社殿は昭和35年(1960)の造営である。

正式名称 八幡神社〔はちまんじんじゃ〕
御祭神 誉田別命 〈相殿〉宇迦之御魂命 大歳御祖神
社格等 旧村社
鎮座地 東京都大田区久が原1-7-9 [Mapion|googlemap]
公式サイト https://yukigaya.info/dodobashi/
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目次

御朱印

道々橋八幡神社の御朱印
(1)

(1)平成28年拝受の御朱印。朱印は三つ巴の神紋。

※御朱印は雪ヶ谷八幡神社でいただいた。

道々橋八幡神社について

拝殿の彫刻

御祭神

■誉田別命
配祀
■宇迦之御魂命
■大歳御祖神

『新編武蔵風土記稿』は「稲荷七面の二神を相殿とす」とある。「七面」は「七面大明神(七面天女)」のことで、身延山の守護神として日蓮宗の寺院で祀られることが多い。昭和10年(1935)の『大森風土記』は「祭神は正座に誉田別命を奉安し左右に稲荷と妙見を併祭して居る」「神仏併祀の八幡宮は類例がない。境内に仏像の存する神社はないではないが、本殿に奉安さるゝ宮は一寸珍しい」とする。「妙見」は七面天女の誤りであろうか。

現在、相殿に祀られている宇迦之御魂命はこれらの資料に見える「稲荷」である。とすれば、かつての七面天女が大歳御祖神として祀られているのだろうか。大歳御祖神は古事記では神大市比売といい、須佐之男命の妻で大年神と宇迦之御魂神を生んだ。

御由緒(歴史)

道々橋八幡神社
『池上町史』道々橋八幡神社(国会図書館デジタルコレクション)

道々橋八幡神社は道々橋村の鎮守。

道々橋村は呑川をはさんで池上村の西にあった。元は池上村の一部であったが、寛永年間(1624~44)以前に分離独立した(正保元年(1644)の『武蔵田園簿』に名前が見える)。独立した際に、村人の所有地は村の一部であって田の差配は受けないとしたため、池上村内に2ヶ所、馬込村内に1ヶ所の飛地があったという。

『池上町史』は、呑川にかかっていた橋の修繕を行うに当たり、負担の問題で紛争を起こし、その結果独立して。そのため、「どどのつまり橋の問題で独立することになった」のでドド橋、道々橋と称するようになったという伝承が記されている。

当社の創建については詳らかでないが、正保(1644~48)の頃に勧請されたと伝えられる。

旧別当は日蓮宗の長照山樹林寺。樹林寺は元は碑文谷の法華寺(現在の円融寺、元は不受不施派の中心寺院の一つであったが、幕府の弾圧により天台宗に改宗させられた)の塔頭であったが、不受不施派への弾圧に巻き込まれることを恐れ、転派して身延山久遠寺の末寺となり、当地に移転してきたという。

『新編武蔵風土記稿』には「除地三畝二十三歩。村の南方にあり。本社九尺四方、拝殿九尺に二間。稲荷七面の二神を相殿とす。村の鎮守なり」とある。池上本門寺に近く日蓮宗の盛んな地域であったためか、別当が日蓮宗であるためか、身延山の守護神である七面天女を稲荷とともに相殿として祀っていたようだ。

また、古くは池上本門寺近くの村の飛地にあった八幡社を鎮守としていたが、距離が遠くて不便だったため、当社を鎮守とするようになったという。

『池上町史』の当社の項に末社の稲荷社(現存せず。本社に合祀したか?)について、「此の稲荷社は大字池上字下谷にありて八幡社と称せしが中古此地に遷し倉稲魂命を祀り稲荷社と称するに至れり」とある。これが池上本門寺近くにあった元の鎮守の八幡社のことではないかと思われる。

明治9年(1876)1月、村社に列格。

昭和35年(1960)現在の鉄筋コンクリート造の社殿が落成した。

かつて、当社では12月15日に「餅つき祭り」が行われていた。これは当番数人が社殿の中で新米の餅をつき、神前に供えるというものであった。道々橋ではこの餅つき祭が終わってから各家庭での餅つきが行われたという。

写真帖

鳥居

鳥居。石像の明神鳥居で、明治41年(1908)に奉納されたもの。

手水舎

手水舎

手水盤

水盤。吐水口は獅子の形をしている。

狛犬

狛犬。明治30年(1897)に奉納されたもの。

拝殿

拝殿。昭和35年(1960)の落成。入母屋造鉄筋コンクリート造、瓦葺き。拝殿前の大木は御神木のムクノキで、「おおたの名木選」にも選ばれている。

拝殿の彫刻

拝殿の破風や木鼻、蟇股などに見事な彫刻が取り付けられている。旧社殿のものであろうか?

拝殿の扁額

拝殿の扁額「道々橋八幡神社」。その後ろには鏝絵のような浮き彫りが見える。

拝殿の脇障子

拝殿、本殿の脇障子にも彫刻が。やはり旧社殿のものであろうか。

本殿

本殿。流造で瓦葺き。

メモ

それほど広い境内ではないが、朱と白の対比が鮮やかなコンクリート造瓦葺きの社殿が建つ。破風や木鼻、蟇股、脇障子などに見事な彫刻が取り付けられている。旧社殿のものを用いているのであろうか。

道々橋八幡神社の概要

名称 八幡神社
通称 道々橋八幡神社
旧称 八幡社
御祭神 誉田別命〔ほんだわけのみこと〕
〈相殿〉
宇迦之御魂命〔うかのみたまのみこと〕
大歳御祖神〔おおとしみおやのかみ〕
鎮座地 東京都大田区久が原1丁目7番9号
創建年代 正保年間(1644~47)
社格等 旧村社
例祭 9月第2土・日曜日
神事・行事 2月上午の日/初午祭
4月第2土曜日/新入学児童安全祈願祭
5月19日/五月中祭
12月15日/師走中祭
12月31日/除夜祭

交通アクセス

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