千束八幡神社(洗足池八幡宮)

洗足池八幡宮

正式名称 千束八幡神社〔せんぞく はちまんじんじゃ〕
通称 洗足池八幡宮〔せんぞくいけ はちまんぐう〕
御祭神 品陀和気之命
社格等 旧村社
鎮座地 東京都大田区南千束2-23-10 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
貞観2年(860)宇佐八幡宮より御分霊を勧請し、千束郷の総鎮守としたことに始まる。平将門の乱征討のために下向した藤原忠方が乱の平定後、この地に館を構え、当社を氏神とした。源頼朝は鎌倉へ向かう途中、当地で源氏の氏神である八幡宮が祀られていることを喜び、平家征討の旗幟を挙げたという。これに因んで「旗挙げ八幡」の通称がある。

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千束八幡神社の御朱印

  • 千束八幡神社の御朱印

平成19年拝受の御朱印。中央上の朱印は神璽、下は「千束八幡神社」。

千束八幡神社について

名称 千束八幡神社
通称 洗足池八幡宮
旧称 八幡社 八幡神社
御祭神 品陀和気之命〔ほんだわけのみこと〕(応神天皇)
鎮座地 東京都大田区南千束二丁目23番10号
創建年代 貞観2年(860)
社格等 旧村社
例祭 9月7日に近い土・日曜日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
1月3日/元始祭
2月11日/紀元祭
2月17日/祈年祭
3月上旬日曜日/東京流しびな祭り
4月29日/先帝祭
5月第4日曜日/厳島神社大祭
6月30日/大祓式
10月17日/神明社大祭
11月3日/明治祭
11月23日/新嘗祭
12月31日/大祓式・除夜祭

御由緒

洗足池の畔の小高い丘に鎮座する。

洗足池は、元は千束池と称した。古くは池上本門寺の山麓に及ぶほど広大で、池上・池尻などの地名もこの池に因むという伝承があったようだ。日蓮聖人が当地を訪れた際、この池で足を洗ったことに因み、洗足池と称するようになったという。

社伝によれば、貞観2年(860)千束郷の総鎮守として宇佐八幡から御分霊を勧請したことを創祀とする。

平将門の乱に際し、鎮守府副将軍として下向した藤原忠方は、乱を平定した後、この地に土着し、洗足池の畔に館を構えて当社を氏神とした。その子孫が、日蓮聖人を身延より迎えた池上氏である。

奥羽平定に向かった八幡太郎義家は洗足池で禊ぎを修し、戦勝を祈願したと伝えられる。

源頼朝は安房より鎌倉へ向かう途中、源氏の氏神である八幡宮が祀られていることを喜び、この地で平家討伐の旗幟を立てた。これを見て近郷の将兵が集まり、鎌倉に入ることが出来た。これに因んで別名「旗挙げ八幡」と呼ばれるようになったと伝えられる。

また、後に宇治川の合戦で佐々木高綱が先陣の功を挙げた名馬・池月〔いけづき〕(生食)を得たのも、ここに陣を敷いたときのことという伝承がある。

写真帖

  • 一の鳥居

    一の鳥居

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 池月の像

    名馬・池月の像

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 境内社

    神明社と稲荷社

  • 拝殿

    拝殿

メモ

家族連れなどで賑わう緑豊かな洗足池公園の一角に鎮座する。池に向かって建てられた朱塗りの一の鳥居が印象的である。
宇治川の合戦での生食(池月)に乗った佐々木高綱と磨墨〔するすみ〕に乗った梶原景季の先陣争いは平家物語中の名場面の一つであるが、当地の他、千葉県柏市や青森県六ヶ所村その他も生食の産地を称しているようである。


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