第5番 無尽山 地蔵寺

5番地蔵寺

名称 無尽山 荘厳院 地蔵寺
御本尊 延命地蔵菩薩(胎内仏:勝軍地蔵菩薩)
所在地 徳島県板野郡板野町羅漢5 [Mapion|googlemap]

【本尊真言】
おん かかかび さんまえい そわか

【御詠歌】
六道の能化の地蔵大菩薩 導き給えこの世後の世

【略縁起】
弘仁12年(821)嵯峨天皇の勅願により弘法大師が開創された。本尊は弘法大師が自ら彫ったという1寸8分(約5.6cm)の勝軍地蔵であったが、宇多天皇の頃、浄函上人が熊野権現の神託を受け、霊木で2尺7寸(約88cm)の延命地蔵菩薩の像を造り、大師御作の勝軍地蔵を胎内に納めたと伝えられる。

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地蔵寺の納経(御朱印)

  • 地蔵寺の納経

    (1)

  • 5番地蔵寺の納経

    (2)

(1)平成元年に拝受した納経。揮毫は地蔵菩薩の種字「カ」に「地蔵尊」。中央の宝印は火炎宝珠に梵字「カ」。右上の朱印は「四国第五番」、左下は「無盡荘厳」。

(2)平成18年に拝受した納経。揮毫・朱印ともに平成元年のものと同じである。

江戸時代の納経

  • 天保11年の納経

    (1)

  • 天保12年の納経

    (2)

(1)天保11年(1840)の納経。揮毫は「奉納経」「本尊地蔵菩薩」「无尽山」「地蔵寺」。中央に宝印はない。右上は「四国第五番」、左下は「無盡荘厳」だが、現在のものとは書体が少し違う。

(2)天保12年(1841)の納経。版木押しで「本尊地蔵大菩薩」となっている。朱印は天保11年のものと同じで、中央の宝印はない。

明治時代の納経

  • 明治38年の納経

    (1)

(1)明治38年(1905)の納経。版木押しで、天保12年の版木とほぼ同じ。中央上に「四国第五番」、左下に「無盡荘厳」の朱印、中央の宝印はない。右上の「第五番奥院」と中央の五輪塔の朱印は奥の院・五百羅漢のものである。

地蔵寺について

山号 無尽山(むじんざん)
寺号 地蔵寺(じぞうじ)
院号 荘厳院(しょうごんいん)
御本尊 延命地蔵菩薩(胎内仏:勝軍地蔵菩薩)
所在地 徳島県板野郡板野町羅漢字林東5番地
創建年代 弘仁12年(821)
開山 弘法大師
宗派等 真言宗御室派
文化財 〈国登録有形文化財〉本堂 不動堂 大師堂 経蔵 五百羅漢堂

覚え書き

弘仁12年(811)嵯峨天皇の勅願により、弘法大師が開創したと伝えられる。本尊は1寸8分(約5.6cm)の勝軍地蔵(甲冑を身につけた地蔵菩薩)で、弘法大師の作とされる。
宇多天皇の頃、紀州熊野権現の遷宮導師を勤めた浄函〔じょうかん〕上人が熊野権現の神託を受けて霊木で2尺7寸(約88cm)の延命地蔵の像を造り、胎内に勝軍地蔵の尊像を納めた。
淳和天皇・仁明天皇の帰依を受け、さらに源義経や三好氏をはじめとする武将たちも篤く崇敬した。最盛期には末寺300ヶ寺、塔頭26ヶ寺を誇ったという。
天正年間(1573~92)長曽我部の兵火により堂塔は灰燼に帰したが、徳島藩主・蜂須賀家の保護を受け、歴代住職や信者の尽力によって再興された。
本堂の脇を通り、坂を登ると安永4年(1776)に建立された奥の院・五百羅漢がある。

写真帖

  • 山門

    山門

  • 大師堂

    大師堂

  • 本堂

    本堂


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