天祖神社(龍土神明宮)

天祖神社(龍土神明宮)

正式名称 天祖神社(てんそじんじゃ)
通称 龍土神明宮(りゅうどしんめいぐう)
御祭神 天照大神 伊邪那岐命 伊邪那美命
社格等 旧村社
鎮座地 東京都港区六本木7-7-7 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.ac.auone-net.jp/~shinmei/tenso-jinja/※リンク切れ

【由緒概要】
六本木の天祖神社は、至徳元年(1384)芝西久保の飯倉城山に創建されたと伝えられる。毎夜、品川沖から龍が燈明を献じたため、龍燈山と呼ばれるようになった。これが転じて龍土村の名が起こり、当社も龍土神明宮と呼ばれるようになった。元和年間(1615~24)江戸城改築のため、氏子とともに現在地へと遷座した。

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天祖神社の御朱印

  • 天祖神社(龍土神明宮)の御朱印

    (1)

  • 福禄寿の御朱印

    (2)

(1)平成17年に拝受した御朱印。朱印・揮毫ともに「天祖神社」。

(2)港七福神、福禄寿の御朱印。平成19年拝受。

天祖神社について

名称 天祖神社
通称 龍土神明宮 六本木天祖神社
旧称 神明宮 龍土神明宮
御祭神 天照大神〔あまてらすおおみかみ〕
伊邪那岐命〔いざなぎのみこと〕
伊邪那美命〔いざなみのみこと〕
鎮座地 東京都港区六本木七丁目7番7号
創建年代 至徳元年(1384)
社格等 旧村社
例祭 9月第3日曜日
神事・行事 1月2日/新年祭
4月15日/満福稲荷祭
巡拝 港七福神

御由緒

六本木に鎮座する天祖神社は、社伝によれば、至徳元年(1384)芝西久保の飯倉城山(ホテル・ニューオークラの南あたり)に奉斎された。毎夜、当社に龍が品川沖から灯明を献じたことから「龍灯山〔りゅうどうやま〕と呼ばれたという。また太田道潅が社殿を再建し、神田を寄進したと伝えられる。

元和年間(1615~24)江戸城の改築のため、氏子の移転に伴って現社地に遷座。近辺は「龍灯」から龍土村と呼ばれるようになり(旧地の村名が「猟人村〔りゅうどむら〕」であったことによるという説もある)、当社も龍土神明宮と称された。

歴代将軍を始め、近隣に屋敷を構えていた佐賀藩鍋島家(現在の国立新美術館のあたり)、長州藩毛利家(現在の東京ミッドタウンのあたり)や幕府の役人たちの崇敬も篤かった。また、江戸三ヶ所の神明、東都大神宮十八社の一にも数えられていたという。

明治になり、天祖神社と改める。旧社殿は江戸時代に建立された瓦葺きの権現造であったが、昭和20年(1945)米軍の空襲のために焼失。現在の社殿は同32年(1957)の再建である。

写真帖

  • 社号標

    社号標

  • 鳥居

    鳥居

  • 境内石段

    境内石段

  • 満福稲荷社

    満福稲荷社

メモ

東京ミッドタウンと国立新美術館、六本木ヒルズに囲まれた一角に鎮座する。賑やかな表通りと違い、人通りは多いが騒がしい雰囲気はない。ビルの谷間に埋もれたような境内だが、かえって大通りの喧噪から遮断されているような感じである。社殿は木造の神明造の立派なもの。港七福神の福禄寿は、境内の満福稲荷に合祀されている。


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