愛宕神社(大島)

愛宕神社(大島)

愛宕神社は、旧中之郷出村の鎮守。元は中之郷竹町(現・墨田区吾妻橋一丁目)の成就寺境内に祀られていたが、村民が当地に移住するのに伴って遷座し、村の鎮守として祀られた。享和3年(1803)から文化元年(1804)まで小林一茶が仮住まいをしたとされ、境内に一茶の句碑が建てられている。

正式名称 愛宕神社〔あたごじんじゃ〕
御祭神 軻遇突智神
社格等 旧村社
鎮座地 東京都江東区大島2-15-4 [Mapion|googlemap]
最寄り駅 西大島(都営新宿線)
住吉(東京メトロ半蔵門線・都営新宿線)
バス停:西大島駅前
スポンサーリンク
サイト内検索
広告レクタングル(大)




御朱印

  • 愛宕神社(大島)の御朱印

    (1)

  • 愛宕神社(大島)の御朱印

    (2)

(1)平成18年拝受の御朱印。朱印は中央・左下ともに「愛宕神社」。

(2)平成28年拝受の御朱印。朱印は平成18年のものと同じで、右側に「銀杏祭」の印が押されている。

御由緒

愛宕神社鳥居

御祭神

■軻遇突智神

火産霊神とも称する火の神で、古くから火防の神として信仰を集めている。

由緒(歴史)

愛宕神社『大島町誌』より

『大島町誌』(昭和7年)より〔国会図書館デジタルコレクション〕

愛宕神社は中之郷出村の鎮守。中之郷出村は現在の墨田区内にあった中之郷村(中之郷町在方分)の飛び地であった。

創建年代は不詳だが、『城東区史稿』は慶安年間(1648~52)の創建という伝承があることを記している。元は中之郷竹町(現・墨田区吾妻橋1)にあった成就寺(天台宗、現在は江戸川区平井1に移転)の境内に祀られていたが、中之郷の村民の移住に伴って当地に遷座、村内安全のために奉斎された。遷座後も明治の神仏分離まで成就寺が別当を務めた。

因みに成就寺は嘉桂山西光院と号し、嘉祥元年(848)慈覚大師の開山、正和3年(1314)舜慶法印によって中興されたと伝えられる。本尊の聖徳太子作とされる阿弥陀如来像は木母寺から遷されたものという。昭和2年(1927)江戸川区平井の現在地に移転した。

遷座の時期について、東京都神社庁の公式サイトをはじめ寛永年間(1624~44)とする資料が多い。しかし『大島町誌』(昭和7年)によれば、中之郷出村は寛文3年(1663)大横川堀敷の用地として召し上げられた土地の代地として与えられたということなので、寛文年間(1661~73)が正しいのではないかと思われる。一説には元禄年間(1688~1704)村の者と成就寺住職が示談して曳き移したともいう。

『新編武蔵風土記稿』には「愛宕社 村の鎮守なり。中之郷町成就寺持。末社稲荷」とある。

明治の神仏分離により成就寺から独立、その後は猿江神社の兼務社となったようである。大正12年(1923)大島2丁目66番の旧社地より氏子区域の中心にある608番の現社地へ移転。昭和15年(1940)村社に昇格した。

昭和20年(1945)戦災により焼失。現在の社殿は戦後の再建である。

小林一茶の句碑

愛宕神社小林一茶の句碑

俳人・小林一茶の句帖や日記には享和3年(1803)から翌文化元年(1804)年にかけて「本所五ツ目愛宕山」と記されており、当社の境内に仮住まいをしていたとされる(ただし一説には大島稲荷神社に合祀された大島五丁目の愛宕神社ともいう)。これに因み、境内には「雀の子、そこのけそこのけ御馬が通る」の句碑がある。

写真帖

  • 愛宕神社鳥居

    鳥居

  • 愛宕神社小林一茶の句碑

    小林一茶の句碑

  • 愛宕神社手水舎

    手水舎

  • 愛宕神社拝殿

    拝殿

  • 愛宕神社本殿

    本殿

メモ

新大橋通りから少し北に入ったところに鎮座する。周囲は下町らしい風情の住宅街である。すぐ近くをJR越中島貨物線が走る。

愛宕神社の概要

名称 愛宕神社
御祭神 軻遇突智神〔かぐつちのかみ〕
鎮座地 東京都江東区大島二丁目15番4号
創建年代 寛永年間(1624~44)以前
社格等 旧無格社
例祭 8月15日
神事・行事 2月3日/節分祭
旧暦2月中午の日/初午祭
10月/銀杏祭

交通アクセス

□都営新宿線「西大島駅」より徒歩5分
□東京メトロ半蔵門線・都営新宿線「住吉」より徒歩10分

資料

大島町誌

愛宕神社

旧中之郷出村三番地、現二丁目六百八番地にあり、格式は無格で軻遇突智神を祀りて同町の鎮守となす。元は本所中之郷成就院境内に建立してあつたのを、元禄年中同院の住僧が村内中示談の上、当村へ移転せしめ、其後村内安全の為め祭り来ったものである。境内地百八十坪ありて民有地に属している。内本殿は間口二間奥行九尺、拝殿は間口二間奥行九尺あり、氏子は一丁目一部、二丁目大部分を占てゐる。その戸数約千八百戸あり、例祭は六月二十四日、祈年祭二月二十四日、新嘗祭十一月二十四日に行はる。現猿江神社持である。

城東区史稿

愛宕神社

愛宕神社は、旧大島村字中之郷出村三番地、現大島町二丁目六百八番地にあり、格式村社にして、同町内の鎮守神である。
御祭神 軻遇突智神を奉祀す。
境内に末社稲荷神社あり、御祭神宇迦能魂神を奉祀す。
当社の創立は、文献に徴すべきもの無く、詳知することを得ずと雖も、慶安年間中の創立にかゝる神社であると申し伝へられてゐる。
元は、本所中之郷村成就院境内に鎮座せられしを、寛永年間同村民の移住と共に、同院の住僧と村民との示談の上当村即ち現今の大島二丁目六十六番地に転社し、旧中之郷出村の氏神として、村内安全の為、厚く尊信せられたものを、更に大正十二年六月、氏子区域の中央に位する現境内地に奉遷せられたものである。
而して其の後当町の進展に伴ひ、御神威は愈々昂揚し境内地も拡大せられたので、茲に於いて崇敬者の総意に依り昭和十四年十二月十四日、当社の村社昇格を出願せられたれば、翌年昭和十五年五月三十日付を以て、めでたく村社に列するの御指令下つたのである。


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

スポンサーリンク
サイト内検索
広告レクタングル(大)




サイト内検索
広告レクタングル(大)




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする