名称 | 小松尾山 不動光院 大興寺 |
---|---|
御本尊 | 本尊 |
所在地 | 香川県三豊市山本町辻4209 [Mapion|googlemap] |
【本尊真言】
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
【御詠歌】
植え置きし小松尾寺を眺むれば 法の教えの風ぞ吹きぬる
【略縁起】
寺伝によれば天平14年(742)東大寺の末寺として創建された。延暦11年(792)に弘法大師が巡錫し、弘仁13年(822)嵯峨天皇の勅願により再興したという。かつては天台真言二宗兼学の寺であった。その名残で今も二つの大師堂があり、それぞれ弘法大師と天台大師を祀っている。
大興寺の納経(御朱印)
(1)平成元年拝受の納経。揮毫は薬師如来の種字「バイ」に「薬師如来」。中央の宝印は蓮台上の種字「バイ」に宝珠光(宝珠型の光背)。右上の印は「第六十七番」、左下は「大興密寺」。
(2)平成18年にいただいた納経。揮毫・朱印ともに平成元年のものと同じ。
江戸時代の納経
(1)天保11年(1840)の納経。揮毫は「奉納」「本尊薬師如来」「讃州小松尾山」「大興寺」。中央の宝印は蓮台上に薬師如来の種字「バイ」、周囲に宝珠光。右上の印は「六十七番」、左下は判読できない。
(2)天保12年(1841)の納経。揮毫・朱印ともに天保11年のものと同じ。
明治時代の納経
(1)明治38年(1905)の納経。揮毫は「奉納」「本尊薬師如来」「サヌキ(讃岐)小松尾寺」。中央の宝印は蓮台上に薬師如来の種字「バイ」、周囲に宝珠光。右上の印は「第六十七番」。左下は「大興密寺」は現在のものとほぼ同じ。
大興寺について
山号 | 小松尾山(こまつおざん) |
---|---|
寺号 | 大興寺(だいこうじ) |
院号 | 不動光院(ふどうこういん) |
通称 | 小松尾寺 |
御本尊 | 薬師如来 |
所在地 | 香川県三豊市山本町辻4209番地 |
創建年代 | 天平14年(742) |
開山 | 弘法大師 |
宗派等 | 真言宗善通寺派 |
文化財 | 〈県有形文化財〉木造薬師如来坐像 木造天台大師坐像 木造金剛力士像 木造大興寺扁額 |
覚え書き
讃岐平野ののどかな田園風景の中に落ち着いた雰囲気の山門が建つ。門前の木々も手入れが行き届き、絵に描いたような里の寺という印象。地元では小松尾寺の通称で親しまれる。
寺伝によれば、天平14年(742)現在の境内より北西約1kmの地に東大寺の末寺として創建された。延暦11年(792)弘法大師が巡錫し、弘仁13年(822)嵯峨天皇の勅願により大師を開山として再興されたという。
かつては天台・真言二宗兼学の道場として繁栄し、最盛期には真言24坊・天台12坊を数えたという。その名残として今も本堂の左右に二つの大師堂があり、それぞれ弘法大師と天台大師智顗〔ちぎ〕を祀る。
讃岐の多くの寺院と同じく天正年間(1573~93)長宗我部の兵火にかかり、慶長年間(1596~1615)に再建された。
山門の仁王像は運慶の作と伝えられるが、頭部は江戸時代の補修とされる。八百屋お七の霊を弔うために四国を遍路した吉三郎が、傷んだ仁王像の頭を背負って勧進したという伝承がある。寺宝の扁額(県有形文化財)は文永4年(1267)藤原経朝(世尊寺経朝)の書。