上川神社

上川神社

上川神社は明治26年(1893)上川地方開拓の守護神として、現在の旭川駅近くに天照皇大御神を奉斎したことに始まる。大正13年(1924)上川離宮の予定地だった神楽岡に新しい社殿を造営、遷座した。
北海道の神社

正式名称 上川神社〔かみかわ じんじゃ〕
御祭神 天照皇大御神 大己貴大神 少彦名大神 他十柱
社格等 旧県社 別表神社
鎮座地 北海道旭川市神楽岡公園2-1 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.kamikawajinja.com/
諸国神社御朱印集
全国各地の神社を御朱印、由緒、アクセスなどの紹介。伊勢神宮をはじめ旧官国幣社、旧府県社、別表神社、さまざまな由緒を持った神社の由緒と御朱印を都道府県別に紹介する。現代の御朱印の他、江戸時代から明治、大正、昭和戦前の貴重な御朱印、海外廃絶神社の御朱印も掲載。

御朱印

  • 上川神社の御朱印

    (1)

(1)平成20年拝受の御朱印。中央の朱印は「上川神社之印」、右上に「北海道旭川市鎮座」。

昔の御朱印

  • 上川神社の御朱印

    (1)

  • 上川神社の御朱印

    (2)

(1)大正15年(1926)の御朱印。中央上の朱印は「上川神社」。右下は山桜の神紋、左下のスタンプは山桜に「縣社上川神社参拝記念」。

(2)昭和10年(1935)頃の御朱印。上の朱印は「上川神社之印」、現在のものと同じ。下は「上川神社参拝之章」。

御由緒

鳥居

御祭神

主祭神
■天照皇大御神 ■大己貴大神 ■少彦名大神

左座
■豊受姫神 ■大物主神 ■天乃香久山神 ■建御名方神 ■誉田分命 ■敦実親王

右座
■鍋島直正命 ■黒田清隆命 ■永山武四郎命 ■岩村通俊命

左座に合祀した近文神社の御祭神、右座に北海道開拓の功労者を祀る。

由緒

上川離宮予定地

上川神社は旭川市の郊外、緑豊かな神楽岡公園に鎮座する。

明治26年(1893)7月15日、上川地方開拓守護の神社として、旭川市街予定地の義経台と呼ばれた高台(現在の宮下通4丁目から7丁目にかけて、鉄道が敷設されている辺り)を境内予定地とし、仮殿を設けて天照皇大御神をお祀りしたことを創祀とする。

鉄道の敷設や街の発展により、明治31年(1898)7月、六条通及び七条通八丁目に奉遷。翌明治32年(1899)より例祭日を7月21日に定めた。

明治36年(1903)1月、神社創立の許可を受け(無格社)、同年6月、宮下通20丁目に遷座した(※上川神社の公式サイトや北海道神社庁のサイトは明治35年12月に遷座したとするが、当サイトでは『旭川市史稿』(昭和6年)の記述に従って明治36年6月とする。この時、遷座先を宮下通方面とする一派と五条通方面とする一派が激しく対立したようで、同書には詳しくその経緯が記されている。明治35年12月は、上川神社創立許可に際し、町議会が新社地の譲与を決議した時のことではないかと思われる)。

明治37年(1904)7月、大己貴大神と少彦名大神を合祀。明治39年(1906)11月26日、村社に昇格した。明治43年(1910)の例祭から神輿渡御の儀が行われるようになった。

大正2年(1913)無格社・近文神社を合祀した。近文神社は明治39年(1906)8月27日、近文三線一号に創立、御祭神は少彦名大神、建御名方神、誉田分神、大物主神、天乃香久山神、敦実親王であった。

大正4年(1915)6月29日、郷社に昇格。大正8年(1919)上川離宮の予定地だった上川世伝御料地神楽岡に奉遷する計画が持ち上がり、翌大正9年(1920)御料地の一部が神社存続期間中無償貸与されることとになり、神社移転の許可があった。

大正12年(1923)12月18日、県社に昇格。

上川神社古写真

『旭川市史稿』(昭和6年)より

大正13年(1924)6月6日、神楽岡の新しい社殿で正遷宮式が執り行われた。天照皇大御神・大己貴大神・少彦名大神を主祭神とし、合祀した近文神社の御祭神を左座に、北海道と上川地方の開拓に功労のあった鍋島直正命・黒田清隆命・永山武四郎命を右座に祀った。また、市内常盤公園の千鳥ヶ島には頓宮が建立された。

昭和30年(1955)別表神社に加列される。

平成4年(1992)右座の御祭神に、上川地方の開拓に功績があった岩村通俊命を合祀。平成5年(1993)御創祀百年祭を斎行した。

神楽岡

神楽岡碑

神楽岡碑

神楽岡はアイヌ語で「ヘッチエウシ」という。「ヘッチ」は歌舞の合間に「ヘイッ! ヘイッ!」と囃子を入れる、「エウシ」は「~するところ」の意味。昔、神様がこの岡に降って歌舞を奏したので、人々が集まって「ヘイッ! ヘイッ!」と打ち囃し、ともに舞い踊って楽しんだという伝承がある。これを神楽岡と意訳したという。

ここは、かつて上川離宮が置かれる予定だった場所で、初代北海道庁長官・岩村通俊、同二代長官・永山武四郎によって建言され、閣議決定までしていた。しかし、日清・日露戦争や、北海道の中心が旭川に移ることを危惧する札幌・小樽の反対などにより実現しなかった。

大正の御大典の記念事業として社殿の新築計画が持ち上がったとき、狭小な旧社地からの移転も行うことになり、開拓前の姿を残す上川離宮予定地が候補地となった。御料地であることから

写真帖

  • 鳥居

    第一鳥居

  • 手水舎

    手水舎

  • 二の鳥居

    第二鳥居

  • 上川離宮予定地

    上川離宮予定地

  • 上川離宮宣達書碑

    上川離宮宣達書碑

  • 神楽岡碑

    神楽岡碑

  • 能舞台

    舞殿

  • 旭川天満宮

    旭川天満宮

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

神社の鎮座する神楽岡は、JR富良野線神楽岡駅から少し歩いたところにあり、旭川市郊外の風光明媚な地である。神社までは15分ほどかかる。
境内には上川離宮に関する石碑などがある。岩村・永山らは単に離宮を建設するだけでなく、それを中心として北の都(北京)を建設し、北海道開拓の中心とする意図を持っていたようだ。それが実現していれば、現在の北海道もずいぶん違ったものになっていたであろう。
私は未参拝なのだが、市街地に上川神社の頓宮があり、そこでも御朱印をいただくことができるようだ。

上川神社の概要

名称 上川神社
御祭神 天照皇大御神〔あまてらすおおみかみ〕
大己貴大神〔おおなむちのおおかみ〕
少彦名大神〔すくなひこなのおおかみ〕
〈左座〉
豊受姫神〔とようけひめのかみ〕
大物主神〔おおものぬしのかみ〕
天乃香久山神〔あめのかぐやまのかみ〕
建御名方神〔たけみなかたのかみ〕
誉田分神〔ほんだわけのかみ〕
敦実親王〔あつみしんのう〕
〈右座〉
鍋島直正命〔なべしまなおまさのみこと〕
黒田清隆命〔くろだきよたかのみこと〕
永山武四郎命〔ながやまたけしろうのみこと〕
岩村通俊命〔いわむらみちとしのみこと〕
鎮座地 北海道旭川市神楽岡公園2番地1
創建年代 明治27年(1894)
社格等 旧県社 別表神社
例祭 7月21日
※7月20日/宵宮祭
※7月22日/後日祭
神事・行事 1月1日/歳旦祭
1月7日/火鑽神事
1月8~12日/古神札焼納祭(どんど焼き)
1月中旬/月次祈願講社新年大祭
1月25日/初天神
2月11日/紀元祭
3月春分の日/春分祭・皇霊殿遙拝式・祖霊祭
4月17日/祈年祭
4月29日/昭和景仰祭
5月15日/月次祈願講社春の大祭
6月30日/大祓式
9月15日/月次祈願講社秋の大祭
9月秋分の日/秋分祭・皇霊殿遙拝式・祖霊祭
10月17日/新嘗祭当日祭
11月3日/明治祭
11月23日/新嘗祭
12月25日/終天神
12月31日/大祓式・除夜祭

交通アクセス

□JR富良野線「神楽岡駅」より徒歩約15分
□JR函館本線「旭川駅」より徒歩25分、またはバス
■旭川電気軌道バス82・84系統共栄BC・南高校行き「上川神社」下車徒歩5分

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