第81番 綾松山 白峯寺

81番白峯寺

名称 綾松山 洞林院 白峯寺
御本尊 千手観世音菩薩
所在地 香川県坂出市青海町2635 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.shiromineji.com/

【本尊真言】
おん ばざら たらま きりく

【御詠歌】
霜寒く露白妙の寺のうち 御名を称ふる法の声々

【略縁起】
瀬戸内の名称・五色台の白峯の中腹にある。寺伝によれば弘仁6年(815)弘法大師が白峯の山頂に如意宝珠を埋め、衆生救済を祈願して堂宇を建立したという。後に智証大師が白峯大権現の託宣を受け、霊木で千手観音を刻んで本尊とした。長寛2年(1164)讃岐に流されていた崇徳上皇が崩御されると、その御陵が営まれた。歴代天皇や領主の崇敬篤く、後小松天皇は上皇の御霊を祀る法華堂に「頓証寺殿」の勅額を奉納した。

目次

白峯寺の納経(御朱印)

  • 81番白峯寺の納経

    (1)

  • 81番白峯寺の納経

    (2)

(1)平成元年拝受の納経。揮毫は「千手尊」。中央の宝印は「尽十方」。右上の印は「第八十一番」、左下は「白峯寺」。

(2)平成19年拝受の納経。揮毫・朱印ともに平成元年のものと同じ。

江戸時代の納経

  • 天保11年の納経

    (1)

  • 天保12年の納経

    (2)

(1)天保11年(1840)の納経。版木押しで「奉納経」「本堂千手院宝前」「崇徳天皇御廟所」「讃州白峯寺」「政所」。中央の宝印は勅願所であることを示す十六八重菊の御紋。右上の印は「第八十一番」、左下は「綾松山白峰寺洞林院」。

(2)天保12年(1841)の納経。版木・朱印ともに天保11年のものと同じ。

明治時代の納経

  • 明治38年の納経

    (1)

(1)明治38年(1905)の納経。版木押しで「奉納経」「本尊千手大悲閣」「讃岐国 白峯寺」。中心の宝印は火炎宝珠の中が判読できない。上の印は第八十一番」、下は「綾松山白峰寺洞林院」。

白峯寺について

山号 綾松山(りょうしょうざん)
寺号 白峯寺(しろみねじ)
院号 洞林院(どうりんいん)
御本尊 千手観世音菩薩
所在地 香川県坂出市青海町2635番地
創建年代 弘仁6年(815)
開山 弘法大師・智証大師
宗派等 真言宗御室派 別格本山
文化財 〈重文〉十三重塔 木造頓證寺勅額 〈史跡〉讃岐遍路道(根香寺道) 〈県有形文化財〉笠塔婆 五重塔 阿弥陀堂 客殿 木造吉祥天立像 石灯籠

覚え書き

瀬戸内の景勝地・五色台の白峰の山腹にある。崇徳上皇の御陵・御廟所があり、上皇ゆかりの寺として知られる。西行法師が御陵を詣で、上皇の御霊と対話した話は謡曲ともなり、上田秋成の『雨月物語』などにも取り上げられた。
開基は弘法大師と伝わる。弘仁6年(815)当地を訪れた大師は、白峰に如意宝珠を埋めて閼伽井を掘り、衆生済度を祈願して堂宇を建立したという。
貞観2年(860)瀬戸内海の海上に流木が現れ、光を放ち、四方に芳香を漂わせた。当時、唐から帰朝して金倉寺に止住していた智証大師は、国司の要請を受け、光に導かれて白峰へ登った。すると白髪の老翁が現れて白峰の地主神であると名乗り、件の流木は補陀洛の香木であること、この地が仏法有縁の霊地であり、寺を建立して仏法興隆を計るべきことを告げた。そこで智証大師は流木を引き上げて千手観音を刻み、寺を建立した。
長寛2年(1164)讃岐に流されていた崇徳上皇が崩御すると、白峰の稚児嶽上で荼毘に付され、ここに御陵が営まれた。
その後、都に怪異が続き、上皇の祟りとされたため、歴代天皇をはじめ公卿・武将が深く崇敬して法楽を捧げ、寺領や宝物を寄進して慰霊の誠を尽くした。そのため最盛期は21坊を数えるほど興隆したという。火災や兵火に遭うこともたびたびであったが、領主の生駒氏・松平氏らによって再建された。
境内の頓証寺殿は崇徳上皇の御廟所で、元は法華三昧堂と称した。建久2年(1191)上皇の近習であった遠江阿闍梨章実が府中鼓ヶ岡の木丸殿(上皇の行在所)を移し、上皇の自画像を祀ったことに始まる。応永21年(1414)後小松天皇が「頓證寺殿」の扁額を奉納したことから頓証寺殿と称するようになった。随身門は、この勅額を掲げたことから勅額門と称される。御所を模して、拝殿の前には桜と橘が植えられている。奥殿は三棟からなり、中央に崇徳上皇、右に十一面観音、左に相模坊を祀る。
明治2年(1869)明治天皇の勅命により、崇徳上皇の御霊は京都の白峯神宮に遷され、頓証寺殿は廃された。建物はそのまま放置されていたが、同11年(1878)愛媛県令から内務部への請願により(当時、香川県は愛媛県の一部になっていた)、金刀比羅宮の境外摂社とされ、正殿に崇徳上皇、本地堂に待賢門院(崇徳上皇の生母)、相模坊堂に大山祇神が祀られることとなった。しかし同31年(1998)金刀比羅宮の境内に遷座することとなり、頓証寺殿は元の仏堂に復して現在に至る。なお、金刀比羅宮に遷された御霊は大正2年(1913)に新築された同宮の摂社・白峰神社に祀られている。

写真帖

  • 山門

    山門

  • 護摩堂

    護摩堂

  • 大師堂

    大師堂

  • 本堂

    本堂

  • 頓生寺殿

    頓証寺殿(崇徳天皇御廟)

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