明治の御朱印– tag –
明治時代の御朱印・納経を掲載
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四国八十八ヶ所
第41番 稲荷山 龍光寺 | 愛媛県宇和島市
寺伝によれば、大同2年(807)弘法大師が当地を巡錫している時、稲束を背負った白髪の老人から託宣を受けた。この老人が稲荷大明神であることを悟った大師は、その姿を刻んで堂に祀り、稲荷山龍光寺と名付けて四国霊場の総鎮守とした。明治の神仏分離で稲... -
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第40番 平城山 観自在寺 | 愛媛県南宇和郡愛南町
大同2年(807)平城天皇の勅願により弘法大師が開創したと伝えられる。本尊の薬師如来と脇侍の阿弥陀如来・十一面観世音菩薩は、大師が一本の霊木から一刀三礼して刻んだものという。寛永15年(1638)京都大覚寺の空性法親王が四国を巡拝した際、「薬師院... -
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第39番 赤亀山 延光寺 | 高知県宿毛市
古い資料や納経帳では「寺山〔じさん〕」の通称を使うことが多い。寺伝によれば、神亀元年(724)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創し、亀鶴山施薬院宝光寺と号した。延暦年間(782~805)弘法大師が桓武天皇の勅願所として再興した。寺宝の梵鐘は、龍宮... -
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第38番 蹉跎山 金剛福寺 | 高知県土佐清水市
四国の最南端・足摺岬にある。弘仁13年(822)嵯峨天皇の勅願により弘法大師が開創したと伝えられる。観世音菩薩の浄土・補陀洛山の境とされ、嵯峨天皇より「補陀洛東門」の勅額を賜った。歴代天皇の勅願所とされ、戦国時代には土佐一条氏の庇護を受け寺領... -
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第37番 藤井山 岩本寺 | 高知県高岡郡四万十町
江戸時代以前の37番札所は仁井田五社(仁井田大明神、現・高岡神社)であった。天平年間(729~49)行基菩薩が神宮寺の福円満寺をはじめとする7ヶ寺を開創した。弘仁年間(810~24)弘法大師が仁井田大明神を五つの社に分けて五社大明神とした。さらに5つ... -
四国八十八ヶ所
第36番 独鈷山 青龍寺 | 高知県土佐市
大同元年(806)弘法大師は唐から帰国するにあたり、師・恵果阿闍梨の恩に報いるため、仏法興隆にふさわしい地を求めて独鈷(密教の法具)を投じると、紫雲に包まれて東の空へ飛び去った。帰国後、四国を巡錫中に当地で松の木にかかっている独鈷を見つけ、... -
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第35番 医王山 清瀧寺 | 高知県土佐市
養老7年(723)行基菩薩が自ら刻んだ薬師如来を本尊として寺を建立し、景山密院繹木寺と称したという。弘仁年間(810~24)弘法大師が山中の岩の上に壇を築き、五穀豊穣を祈って7日間の修法を行った。満願の日に金剛杖で壇を突くと清水が湧き出し、鏡のよ... -
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第34番 本尾山 種間寺 | 高知県高知市
敏達天皇の御代(572~85)四天王寺の造営のために百済から招かれた工匠や仏師が、寺の完成後に帰国する途中、土佐沖で暴風雨に遭ったため当地に上陸した。そして海上安全のために薬師如来の像を刻み、本尾山の頂上に祀ったことを起源とするという。後に弘... -
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第33番 高福山 雪蹊寺 | 高知県高知市
寺伝によれば弘法大師の開創で、元は高福寺と称したという。長宗我部元親が月峰和尚を招いて中興開山とし、臨済宗に改宗した。慶長4年(1599)元親が没すると菩提寺に定められ、元親の法号に因んで雪蹊寺と改めた。明治の廃仏毀釈で廃寺となるが、明治12年... -
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第32番 八葉山 禅師峰寺(峰寺)| 高知県南国市
地元では峰寺(みねんじ、みねじ)の通称で呼ばれることが多い。寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基菩薩が航海安全を祈願して開創したとされる。大同2年(807)弘法大師はここで求聞持法を修し、十一面観音の像を刻んで本尊とした。「船魂の観音」...
