江戸時代の御朱印– tag –
江戸時代の御朱印・納経を掲載
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四国八十八ヶ所
第12番 摩廬山 焼山寺 | 徳島県名西郡神山町
大宝年間(701~04)修験道の開祖・役行者が開いたと伝えられる。大師が当地を巡錫した折、この山に住む大蛇が人々を害していることを聞き、退治するために山に入った。大蛇は大師を阻止するために火を吐き、全山炎に包まれたが、摩廬(水輪)の印を組み、... -
四国八十八ヶ所
第11番 金剛山 藤井寺 | 徳島県吉野川市
弘仁6年(815)弘法大師が42歳の時、自らと諸人の厄難を除くために薬師如来の像を刻み、一寺を建立して本尊とした。そして、寺から200mほど奥にある八畳岩で一七日の護摩を修したと伝えられる。境内に五色の藤を植えたことから藤井寺と称したという。天正... -
四国八十八ヶ所
第10番 得度山 切幡寺 | 徳島県阿波市
弘法大師がこの山の麓で機を織る娘に布を所望したところ、娘は惜しげもなく織りかけの布を裁ち切って布施した。感銘を受けた大師は、娘の望みによって千手観音の像を刻むとともに、娘を得度させて灌頂を授けた。すると娘はたちまち即身成仏して千手観音の... -
神奈川県の神社
寒川神社 | 神奈川県高座郡寒川町
寒川神社は相模国の一宮であり、延喜の制では相模国で唯一の名神大社に列している。古くから朝廷・部門の崇敬を受け、源頼朝は妻・政子の安産祈願のために奉幣している。また、北条氏綱や北条氏康は社殿を再興し、徳川家康は朱印地100石を寄進している。ま... -
四国八十八ヶ所
第9番 正覚山 法輪寺 | 徳島県阿波市
四国霊場で唯一、弘法大師御作とされる涅槃釈迦如来(お釈迦様が入滅される時の姿を表す)を本尊とする。元は白蛇山法林寺と号し、現在地より北約4kmの法地ヶ渓にあって壮大な伽藍を誇ったという。天正年間(1573~92)長宗我部の兵火で焼失し、正保年間(... -
四国八十八ヶ所
第8番 普明山 熊谷寺 | 徳島県阿波市
弘法大師が熊谷山の閼伽井ヶ谷で修行中、紀州の熊野権現が現れて「永く衆生済度の礎とせよ」と託宣を下し、1寸8分(約5.5cm)の黄金の観音像を授けた。大師は一刀三礼して等身大の千手観音の像を刻み、授かった観音像を胎内に納めた。そして、これを本尊と... -
四国八十八ヶ所
第7番 光明山 十楽寺 | 徳島県阿波市
大同年間(806~10)現在地の北約3kmの十楽寺谷で弘法大師が阿弥陀如来を感得し、楠に阿弥陀如来を刻んだ。これを本尊として一寺を建立したのが十楽寺の始まりとされる。かつては七堂伽藍を備えた大寺院であったというが、天正年間(1573~92)に長宗我部... -
四国八十八ヶ所
第6番 温泉山 安楽寺 | 徳島県板野郡上板町
弘仁12年(821)弘法大師が現在地の北西約2kmの安楽寺谷で温泉を発見した。諸病に効能があったことから薬師如来因縁の地と悟り、一寺を建立したことに始まるという。天正年間(1573~92)長宗我部の兵火で焼失し、現在地にあった駅路寺(徳島藩が旅人を保... -
四国八十八ヶ所
第5番 無尽山 地蔵寺 | 徳島県板野郡板野町
弘仁12年(821)嵯峨天皇の勅願により弘法大師が開創された。本尊は弘法大師が自ら彫ったという1寸8分(約5.6cm)の勝軍地蔵であったが、宇多天皇の頃、浄函上人が熊野権現の神託を受け、霊木で2尺7寸(約88cm)の延命地蔵菩薩の像を造り、大師御作の勝軍... -
四国八十八ヶ所
第4番 黒巌山 大日寺 | 徳島県板野郡板野町
寺伝によれば、弘仁6年(815)弘法大師が当地に留まって修行している時に大日如来を感得した。そこで一刀三礼してその姿を刻み、一寺を建立して本尊としたのが始まりとされる。徳島藩主・蜂須賀家が大日如来を守り本尊としていたことから手厚い保護を受け...
