天祖若宮八幡宮 | 東京都練馬区

天祖若宮八幡宮

正式名称 天祖若宮八幡宮〔てんそ わかみや はちまんぐう〕
御祭神 〈天祖神社〉大日孁女貴尊 狭依姫命 倉稲魂命
〈若宮八幡宮〉誉田別尊 仁徳天皇
社格等 旧村社
鎮座地 東京都練馬区関町北3-34-32 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
天祖若宮八幡宮は、昭和49年(1974)天祖神社と若宮八幡宮を合祀したものである。天祖神社は関村の鎮守で創建年代は不詳。江戸時代は三十番神社といったが、明治の神仏分離により天祖神社となった。若宮八幡宮は奈良時代、武蔵関塞の守護神として祀られ、関塞廃止の後、関村開村の際に鎮守とされたという。

目次

天祖若宮八幡宮の御朱印

  • 天祖若宮八幡宮の御朱印

平成17年拝受の御朱印。朱印は「天祖 若宮 八幡宮」。

天祖若宮八幡宮について

名称 天祖若宮八幡宮
旧称 天祖神社 三十番神社
御祭神 〈天祖神社〉
大日孁女貴尊〔おおひるめむちのみこと〕
〈相殿〉
狭依姫命〔さよりひめのみこと〕
倉稲魂命〔うがのみたまのみこと〕
〈若宮八幡宮〉
誉田別尊〔ほんだわけのみこと〕
仁徳天皇〔にんとくてんのう〕
鎮座地 東京都練馬区関町北三丁目34番32号
創建年代 不詳
社格等 旧村社
例祭 9月28日
神事・行事 3月28日/祈年祭
11月28日/新嘗祭
※『平成「祭」データ』による

御由緒

天祖若宮八幡宮は昭和49年(1974)関村鎮守の天祖神社と若宮八幡宮を合祀したものである。

天祖神社はもともと法耀山本立寺(関町北四丁目、日蓮宗)持ちの三十番神社であった。創建は不詳。三十番神は日本全国の著名な三十柱の神々が1ヶ月30日を一日交替で守護するという信仰で、特に日蓮宗系の法華神道において重視された。

明治の神仏分離により三十番神を祀ることが禁止されたため、御祭神を大日孁貴尊とし、社号を天祖神社と改めた。

明治7年(1874)村社に列し、同41年(1908)溜淵の厳島神社を、大正2年(1913)には竹下の厳島神社を合祀した。竹下の厳島神社はそれ以前に稲荷神社を合祀しており、平成3年(1991)元の社地に戻って竹下稲荷神社となった。

若宮八幡宮は奈良時代、この地に武蔵関塞が設置されたとき、その守護神として奉斎されたと伝えられる。関塞が廃止されてから長い年月を経た慶長年間(1596~1615)、関村が開かれたときに村の鎮守とされたという。明治維新後、天祖神社の境内となったといわれる。

現在の拝殿は天保14年(1843)の建造で、藁葺屋根を明治になってトタン屋根とした。本殿は大正2年(1913)竹下厳島神社の拝殿を移築・改修し、覆殿・幣殿を新設したもの。この時、拝殿の改修も行われた。

昭和49年(1974)天祖神社と若宮八幡宮を合祀して天祖若宮八幡神社となった。

写真帖

  • 一の鳥居

    一の鳥居

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 境内社

    境内社

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿(覆殿)

メモ

鳥居から西向きに約200mの参道を進むと小ぶりだが風格のある社殿が鎮座している。拝殿は天保14年(1843)建立で、明治に改修されたものという。参道の両側、社殿の周囲は緑に覆われ、古い武蔵野の名残を留める。
※平成26年現在、御朱印の対応はしていないようである。

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