牛天神北野神社

牛天神北野神社

正式名称 北野神社(きたのじんじゃ)
通称 牛天神(うしてんじん)
御祭神 菅原道真
社格等 旧村社
鎮座地 東京都文京区春日1-5-2 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.ushitenjin.jp/

【由緒概要】
牛天神北野神社と通称される。社伝によれば、寿永元年(1182)源頼朝が東国の敵を平定している途中、当地で休息した。その時、夢に牛に乗った菅原道真が現れ、これから二つの吉事があることを告げた。その夢告の通りに吉事があったため、夢に現れた菅原道真の牛によく似た岩を御神体とし、太宰府天満宮から御分霊を勧請してお祭りしたのが創祀であるという。

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牛天神北野神社の御朱印

  • 牛天神北野神社の御朱印

    (1)

  • 太田神社の御朱印

    (2)

(1)平成17年拝受の御朱印。中央の朱印は「北野神社之印」、上は梅鉢の神紋。

(2)平成22年に拝受した太田神社の御朱印。朱字で「貧乏神は あちらへ行けや 神風に」とある。

限定御朱印

正月金文字御朱印

  • 牛天神北野神社正月限定御朱印

    (1)

  • 牛天神北野神社太田神社正月限定御朱印

    (2)

  • 牛天神北野神社高木神社正月限定御朱印

    (3)

(1)平成28年に拝受した正月の金文字限定御朱印。「奉拝」「元旦」が金泥。右下に梅の絵。

(2)同じく太田神社の御朱印。「奉拝」「元旦」が金泥。

(3)同じく高木神社の御朱印。「奉拝」「元旦」が金泥。

紅梅まつりの御朱印

  • 牛天神北野神社紅梅まつり御朱印

    (1)

  • 太田神社紅梅まつり御朱印

    (2)

  • 高木神社紅梅まつり御朱印

    (3)

(1)平成28年拝受の紅梅まつりの御朱印。

(2)同じく太田神社の御朱印。「貧乏神…」の句がピンクの文字になっている。

(3)同じく高木神社の御朱印。「福」「金運招福」が金泥。

牛天神北野神社について

名称 北野神社
通称 牛天神 牛天神北野神社
旧称 金杉天満宮
御祭神 菅原道真〔すがわらのみちざね〕
鎮座地 東京都文京区春日一丁目5番2号
創建年代 元暦元年(1184)
社格等 旧村社
例祭 5月24日・25日
神事・行事 1月1日/元旦祭・年始行事
1月25日/春季祭
2月/献梅祭・紅梅まつり
3月31日/太田神社・高木神社例祭
6月30日/夏越祓
7月1日~8日/七夕祈願
7月第3土・日曜日/大輪朝顔市
8月最終土曜日/納涼大会
9月25日/秋季祭
10月下旬~11月中旬/菊わらべまつり
12月31日/大祓式・年末行事

御由緒

古くは金杉天満宮と称し、牛天神の通称で知られる。

往古、当社の鎮座する台地の下は入り江になっていた。寿永元年(1182)源頼朝が東国の敵を討伐する途中、この入り江の松に船を繋ぎ、風波が治まるのを待って休息していた。まどろむ頼朝の夢に、牛に乗った菅原道真公が現れ、これから二つの吉事があるので急いで本国に帰るよう、また武運が満足すれば社を営んで報いるようにと告げた。頼朝が目を覚ますと傍らに岩があり、夢で見た菅公の牛によく似ていた。

その年の秋、嫡男・頼家が誕生、その翌年には平家が都を落ち、再会へと退いた。頼朝は非常に喜び、元暦元年(1184)件の菅公の牛に似た岩を御神体とし、太宰府天満宮より御分霊を勧請したことに始まると伝えられる。

この由緒により、境内にある牛の形をした岩を撫でると願いが叶うといわれる。牛天神の名も、これに由来する。

『小石川区史』によれば、『南向茶話』に元は今より東にあったが、寛永年間(1624~44)水戸藩邸ができたため現社地に遷座したとあるという。江戸時代の別当は泉松山龍門寺で、門前は小石川でも有数の繁華地であった。

明治5年(1872)村社に列格。(※旧社格について、郷社とする資料もあるのだが、戦前の資料では今のところ確認できていない)

なお、本殿脇にある末社の太田神社の御祭神は天鈿女命で、芸能上達・開運招福の御神徳があるとされる。この社には、もともと貧乏神とされる黒闇天女(神社の由緒書には弁財天の姉とあるが、吉祥天の姉とされる黒闇天であろう)が祀られていたが、以下のような由来により、その人についている貧乏神を追い払い、福の神を招き入れることができると信仰を集めるようになったという。

江戸時代、小石川の三百坂に正直だが貧しい旗本が住んでいた。ある夜、旗本の夢枕に一人の老人が立ち、「わしはこの家に住みついている貧乏神である。居心地がよくて長年世話になっているので、礼をしたいと思う。毎月1日と15日と25日に赤飯と油揚げを供えて、わしを祀れ。そうすれば福を授けよう」と告げた。そこで旗本がお告げ通りに行うと、たちまち運が向き、金持ちになった。以来、「福の神になった貧乏神」の話が評判となり、多くの人が参拝に訪れるようになったという伝承がある。

写真帖

  • 参道

    参道

  • おみくじ結び

    おみくじ結び

  • 手水舎

    手水舎

  • 御神木

    御神木・木斛(モッコク)

  • 中島歌子歌碑

    中島歌子の歌碑

  • 太田神社・高木神社

    末社 太田神社・高木神社

  • 撫で石

    撫で石(ねがい牛)

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

初めての参拝は平成17年。江戸三十三観音巡拝で、向丘から伝通院まで参拝した後にお参りした。そのため、時間も少し遅めで、拝殿や社務所を閉める準備の最中だったが、快く対応していただいた。
平成22年に参拝した際、ふと思いついて、太田神社の御朱印について社務所で伺うと、印はないが宮司さんが文字を書いて対応してくださるということで、宮司さんのいらっしゃる時間に合わせて再訪し、いただくことができた。由緒に因む歌を朱書した珍しいものである(※2014.2.4.追記)。
平成28年時点では、御本社のほか、末社の太田神社・高木神社、兼務社の諏訪神社・出世稲荷神社の御朱印も授与されているようである。また、祭事・行事等の際には限定の御朱印も授与されている。

関連ページ


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