赤城神社 | 東京都新宿区

赤城神社

赤城神社は牛込の総鎮守。正安2年(1300)上野国の豪族・大胡重治が牛込に移住した際、故郷の鎮守である赤城明神を勧請したことに始まると伝えられる。江戸時代には日枝神社・神田明神とともに江戸の三社と称されたという。平成22年(2010)建築家・隈研吾氏のデザインによる新社殿が落成した。

正式名称 赤城神社〔あかぎじんじゃ〕
御祭神 磐筒雄命 〈相殿〉赤城姫命
社格等 旧郷社
鎮座地 東京都新宿区赤城元町1-10 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://www.akagi-jinja.jp/
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目次

御朱印

赤城神社の御朱印
(1)
赤城神社の御朱印
(2)
赤城神社の御朱印
(3)

(1)平成17年拝受の御朱印。朱印は鳥居と社殿の図に「牛込総鎮守 赤城神社」。

(2)平成22年拝受の御朱印。中央の朱印は「赤城大明神」。右下に「牛込総鎮守」、左下に「赤城神社印」。

(3)平成28年拝受の御朱印。朱印は(2)と同じ。

境内社の御朱印

赤城神社蛍雪天神の御朱印
(4)

(4)平成28年拝受、蛍雪天神の御朱印。

赤城神社について

旧拝殿
旧拝殿(平成20年撮影)

御祭神

■磐筒男命

殖産興業、厄難消除、学問芸術の神、特に火防の神として信仰を集めている。

■赤城姫命

『神道集』の「上野国勢多郡鎮守赤城大明神事」に記述がある。一説には大胡氏の息女ともされる。

御由緒

赤城神社(江戸名所図会)
『江戸名所図会』赤城明神社(国会図書館デジタルコレクション)

赤城神社は牛込地域の総鎮守である。社伝によれば、正安2年(1300)上野国勢多郡大胡(現在の群馬県前橋市大胡)の豪族であった大胡彦太郎重治が牛込の地に移住した際、勢多郡の総鎮守である赤城大明神の御分霊を牛込早稲田の田島村(現在の早稲田鶴巻町に鎮座する元赤城神社)に勧請したことを創祀とする。

寛正元年(1460)太田道潅が牛込台(現在の牛込見附付近)に遷し、さらに弘治元年(1555)大胡(牛込)宮内少輔によって現社地に遷座した。

切絵図
小日向絵図(部分)(国会図書館デジタルコレクション)

天和3年(1683)幕府によって江戸の大社の列に加えられ、牛込の総鎮守として、日枝神社神田神社とともに江戸の三社と称されたという。別当は天台宗寛永寺末の赤耀山等覚寺であった。

明治に入って赤城神社と改称。明治5年(1872)村社に列格し、翌明治6年(1873)郷社となった。天保13年(1842)の火災の後に再建された社殿は非常に壮麗なものであったというが、昭和20年(1945)に戦災で焼失。昭和34年(1915)鉄筋コンクリート造の社殿が再建された。

赤城神社
『牛込区史』より戦災で焼失した社殿(国会図書館デジタルコレクション)

平成21年(2009)社殿の老朽化と併設の赤城幼稚園の閉園に伴い、社殿・境内を一新する赤城神社再生プロジェクトを発表。同22年8月に遷座祭、9月に竣工奉祝例大祭が執り行われた。新しい社殿は氏子でもある建築家・隈研吾氏のデザインによるもので、斬新なデザインの木造神明造。カフェやギャラリー、ホールも併設し、日本の暮らしの文化発展に寄与していくという。また、さらなる緑化を進め、70年後には戦前の社叢を復活させるとのことである。

補足

上記の御由緒は、『文政寺社書上』に見える正安2年(1300)荏原郡田島に上総国赤城の神が影向し、寛正元年(1460)太田道灌によって現社地に遷座したという縁起と、『江戸名所図会』にある上野国大胡城の大胡重泰(重行のことか?)武蔵国牛込に移住した際、故郷の赤城明神を勧請したという所伝を組み合わせたものであろう。大胡重行が北条氏康の招きで牛込に移ったのは16世紀の半ばで、重行の子・勝行から牛込氏を称し、当社を氏神として尊崇したという。

蛍雪天神

蛍雪天神
蛍雪天神

境内社の蛍雪天神はもともと横寺町にあって朝日天満宮と称し、江戸二十五社天神の一に数えられていたが、明治9年(1876)赤城神社境内に遷座した。昭和20年(1945)戦災で焼失したが、平成17年(2005)横寺町に本社を置く旺文社の寄付で再興、同社の受験雑誌に因んで蛍雪天神と名付けられた。平成22年(2010)、本社などとともに新社殿が落成した。

旧蛍雪天神
平成17年に再興された蛍雪天神(平成20年撮影)

出世稲荷神社・八耳神社・葵神社

出世稲荷神社・八耳神社・葵神社

出世稲荷は赤城明神が当地に遷座してくる以前から鎮座していた地主神という。御祭神は宇迦之御魂命・保食神。出世開運の霊験があるとして大名や公家の崇敬を受けたという。

八耳神社は元の太子堂で、御祭神は上宮之厩戸豊聰八耳命(聖徳太子)。耳の病や煩いを治す耳の神様として広く信仰を集めるという。相殿に大国主大神、丹生大神を祀る。

葵神社(東照宮)の御祭神は徳川初代将軍徳川家康公。赤城神社に隣接していた宝蔵院に鎮座していたが、明治初年の神仏分離の際に赤城神社境内に遷座した。

写真帖

鳥居

鳥居。

手水舎

手水舎。

赤城神社

境内。正面石段の上に本社、左側に蛍雪天神が見える。

蛍雪天神

蛍雪天神。

加藤巻阿句碑

加藤巻阿の句碑。

観音菩薩立像

観音菩薩立像。赤城神社に隣接していた宝蔵院から遷されてきたものという。

出世稲荷神社・八耳神社・葵神社

出世稲荷神社・八耳神社・葵神社(東照宮)。

出世稲荷神社・八耳神社・葵神社

出世稲荷神社・八耳神社・葵神社、社殿。

拝殿

隈研吾氏の設計になる拝殿。

狛犬

拝殿前の狛犬。加賀白山狛犬とか越前狛犬と呼ばれる狛犬を現代的にアレンジしたものという。

本殿

本殿。

旧観

旧鳥居

鳥居と参道。

旧蛍雪天神

蛍雪天神。

出世稲荷神社

出世稲荷神社。

旧拝殿

拝殿。右側には赤城幼稚園があり、子どもたちの声が響いていた。

メモ

赤城神社は東京メトロ神楽坂駅を出てすぐのところに鎮座する。以前は朱塗りの鉄筋コンクリートの権現造で、境内には幼稚園の子どもの声が響いていた。新しくなった境内は石畳にスッキリとしたデザインの神明造の社殿が建ち、幼稚園のあったところにはマンションができて、すっかり現代的な空間に生まれ変わっていた。しかし、常に参拝者の姿が見られるところは変わらないようだ。なお、社殿の新築にともなって御朱印も新しくなった。

赤城神社の概要

名称 赤城神社
旧称 赤城大明神
御祭神 磐筒雄命〔いわつつおのみこと〕
〈相殿〉
赤城姫命〔あかぎひめのみこと〕
鎮座地 東京都新宿区赤城元町1番10号
創建年代 正安2年(1300)
社格等 旧郷社
例祭 9月19日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
1月3日/元始祭
2月初午の日/初午祭
2月3日/節分祭
2月11日/紀元祭
3月3日/上巳の節句
4月3日/神武天皇祭
4月17日/東照宮祭
5月5日/端午の節句
5月19日/中祭
5月25日/蛍雪天神例大祭
6月30日/夏越の大祓
7月7日/七夕祭
7月30日/明治天皇祭遙拝
10月第2週/十五夜のお祭り
11月15日/新嘗祭
11月21日/年越の大祓
12月31日/除夜祭

交通アクセス

□東京メトロ東西線「神楽坂駅」より徒歩1分
□都営大江戸線「牛込神楽坂駅」より徒歩8分

更新履歴

2006.01.29.公開
2006.12.26.改訂
2010.10.17.改訂、御朱印と画像を追加しました。
2016.09.29.改訂、Wordpressへ移行。
2026.01.29.改訂、御朱印と画像を追加しました。

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